くわがきあゆは、「レモンと殺人者」「復讐の泥沼」が面白くて注目している作家ですが、10月にデビュー作である「焼けた釘を刺す」の文庫版が出たので読んでみたいと思って買っていたものです。親本は2021年10月発売の「焼けた釘」で、2021年の「暮らしの小説大賞」の受賞作です。
この作品は、「路上で若い女性が殺された」という新聞記事から始まり、その1年前の話として、千秋と杏というふたりの主役の独立した話が、並行して交互に展開されます。千秋は学生時代に慕ってくれていた後輩の女性、萌香がストーカー行為を受けていて殺され、その犯人をある目的を持って探し出す。杏は職場の先輩に恋心を抱くのだけど、ライバルがいることに悩みなかなかその気持ちを伝えられない。そんな関連も無さそうなふたつの話が交互に展開されます。まったく別の話がどう絡んできて関係しているのかがとても興味深いのと、千秋の犯人を追う異常な理由、杏の姉との扱いの差による屈折した心、など千秋と杏の考え方や個性や行動にもとても興味がそそられ、結末を早く知りたいと思って一気に読み進めたくなる魅力がありました。そして最後は、1年後のもとの時間軸に戻り、「路上で殺された若い女性の身元が判明した」という新聞記事で終わります。
前後の新聞記事につながるふたつの話の結びつきは見事と言える展開で、まったく予想ができませんでした。千秋が実は・・・ということで、多少無理がありそうな気はしますが、あり得ないこともないかなと言う気持ちにもされられ、このことで見事に騙されてしまい、読みながら出ていたいくつかの予想がすべて吹き飛んでしまいました。千秋が犯人を突き止める過程もスリリングで、千秋の異常性があるからこそ可能になる展開です。最初の新聞記事の関係者がふたつの話の主役だった千秋と杏だったというのも見事な展開であり収束です。
作品の最初に、「愛情の反対は憎しみではなく無関心である」(マザー・テレサ)という言葉があり、途中にも、「優しさは無関心の次に薄い感情だ。相手のことがどうでもいいから優しくできるんだ」という千秋の言葉があったりします。千秋は、優しさよりも殺人やいじめという行為こそが愛情表現なのだと考える歪んだ人間だということが、この作品の骨格となっています。このことがタイトルの「焼けた釘」=「歪んだ愛情」なのかなと思います。最初、千秋は、愛情を受けたいがために、殺人やいじめを行うほどの愛情を持った人間を求めるということで、ストーカー行為をしていて萌香を殺した犯人を恋人を求めるかのごとく探していましたが、愛されるためには相手を愛さなければいけないと考えを変えたことにより、最終的に相手への最上の愛情表現として相手を殺してしまうという、結末としてはあまりにも被害者が不憫に感じてしまうほどスッキリするものではありません。しかし、小説としては、これほど個性が際立ち、組み立てが巧妙で、予想のつかない展開で、とても魅力的で面白い作品でした。

上記はあくまで私の主観です。あとで自分がその時にどう思ったかを忘れないための記録であり、作品の評価ではありません。また、ネタバレの記述もありますのでご注意ください。


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