正月用に買った小説です。正月には読むことができませんでしたが、やっと読むことができました。2021年本屋大賞の第2位、という作品です。
仕事や人生に悩む5人が、羽島コミュニティハウスを訪れたことをきっかけに、図書室の司書・小町さゆりと出会います。小町は、「何をお探し?」と相談者に尋ね、その話を聞いて上で相談された本に加えて、一見関係なさそうな本と趣味である羊毛フェルトの自作作品を付録と称して手渡します。そして、小町のカウンセリング的な会話とその本と羊毛フェルトによって、自分の本当に探していたものに気付いて、前を向いていく・・・というストーリーです。
■一章 朋香 二十一歳
婦人服販売員 婦人服販売業にやりがいを見いだせず転職を考えている。転職準備でパソコン教室に来て図書室へ。
パソコン教本の相談で、絵本「ぐりとぐら」を勧められる。付録の羊毛フェルトは「フライパン」。
■二章 諒 三十五歳
家具メーカー経理部 アンティークショップ開業が幼い頃からの夢。恋人と鉱物の講習会に来て図書室へ。
起業本の相談で、「植物のふしぎ」を勧められる。付録の羊毛フェルトは「キジトラ猫」。
■三章 夏美 四十歳
元雑誌編集者 出産で編集部から資料部へ異動させられ育児にも悩む。キッズスペースに来て図書室へ。
娘の絵本の相談で、「月のとびら」を勧められる。付録の羊毛フェルトは「地球」。
■四章 浩弥 三十歳
ニート イラストレータを目指すも挫折し「ニート。母から頼まれマルシェに来て図書室へ。
漫画本の相談をするも、「進化の記録」だけを勧められる。付録の羊毛フェルトは「飛行機」。
■五章 正雄 六十五歳
定年退職 定年後何をすればいいか戸惑う日々。パソコン教室講師の妻に勧められ囲碁教室に来て図書館へ。
囲碁の本の相談で、詩集「げんげと蛙」を勧められる。付録の羊毛フェルトは「カニ」。
この作品はとても良かったです。5人の悩みは、誰にでもあるような悩みで共感する悩みで、小町への相談時や、5人の前向きに変わっていく過程で、素敵な言葉が多く散りばめられていて、その考え方に対してとても心を打たれ、時折り涙が流れてきます。ああ、そう考えれば夢に近づけられるのか、楽になるのかと、とても心に響きます。全部いい話でしたが、四章の、夢を挫折した男性が夢を取り戻す話と、五章の、定年後の人生の考え方と夫婦の在り方の話は、娘たちや自分と重ねて考えるところがあって、特に身に沁みました。
各章は独立していますが、登場人物は同じコミュニティエリアにいることから、章を超えて繋がりがあって、それが徐々に見えてきます。その展開の巧みさが感動的ですらあります。
心温まる5人のエピソードで、夢を実現するためには前向きに自分から動くこと、自分視点ではなく広く視点を変えること、人と人との関係は信用であること、そんなことをあらためて大切なことだなぁと思わせてくれました。
以下は、心に残った会話の一部です。
▼48ページ
「たいした仕事じゃない」と思っていたのは、単に私が「たいした仕事をしていない」だけだったんだ。(朋香)
▼82ページ
「いつかと言っているうちは夢は終わらないよ。美しい夢のまま、ずっと続く。それもひとつの生き方。でも、夢の先を知りたいと思ったら、知るべきだ。(小町)
▼120ページ
世界は何で回ってると思う?私はね、信用だと思ってる。(比奈)
▼147ページ
お母さんも大変だっただろうけど、私だって生まれてくるときに相当な苦しみを耐えて、持ちうる力をすべて尽くしたはず。たぶん、人生で一番頑張ったのは生れたとき。その後のことは、きっとあのときのほどつらくない。あんなすごいことに耐えたんだから、ちゃんと乗り越えられる。(小町)
▼172ページ
「させられた」、「やらされている」と考えるのは、自分が中心だって思うから、そういう被害者意識でしか考えられないのかも知れない。地球は動いている。朝や夜は「来る」ものじゃなくて、「行く」ものなんだ。(夏美)
▼186ページ
いい話は、向こうから勝手にやってきたうまい話じゃなくて、君が動いたから、周りも動き出したんだ。(修二)
▼207ページ
好きなことを仕事にすることができる人なんて、百人にひとりもいないんじゃないですか?(浩弥)
でも、自分のやりたいことをやるのは自分なんだから、自分につきひとり。となれば百パーセント。(小町)
▼238ページ
歴史書を読むときは、それもひとつの説である、ということを念頭に置くのを忘れちゃだめだ。(小町)
▼270ページ
定年後に実際に時間ができたら何をすればいいのかわからなくて。残りの人生が、意味のないものに思えてね。(正雄)
例えば、12個入りのお菓子を10個食べたとして、残った2個は「残りもの」なんでしょうか。(小町)
▼309ページ
前ばっかり見ていると、視野が狭くなるの。だから、行き詰って悩んだときにふっと、見方を広く変えてみよう、肩の力を抜いてカニ歩きしてみようって思うの。(千恵)
▼313ページ
私が何かわかっているわけでも、与えているわけでもない。皆さん、私が差し上げた付録の意味をご自身で探し当てるんです。(小町)

上記はあくまで私の主観です。あとで自分がその時にどう思ったかを忘れないための記録であり、作品の評価ではありません。また、ネタバレの記述もありますのでご注意ください。


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