【あらすじ】
ブラック企業で疲弊し切った十和田航平と、末期がんで余命宣告を受けた一児の母、椿美羽。ある年の3月29日、満開の桜の木の下で、航平は「死にたい」と、美羽は「生きたい」と願ったことから二人は入れ替わってしまう。「死にたい」航平と「生きたい」美羽は願いを叶えたはずだったが、入れ替わって〝それぞれ〟の人生を送るうちに本当の気持ちに気づき、お互いを思いやっていく。そして1年後の桜が満開になった時に、果たして「死ぬ」のはどちらなのか・・・
【感想】
「ぼく」は航平の視点から、「わたし」は美羽の視点から、時系列的に下記のような章になっています。
「ぼくがきみに」 「わたしがきみに」 入れ替わったことによる困惑・・・
「ぼくはどうすれば」 「わたしはどうすれば」 これから、どうしていけばいいのか・・・
「ぼくはこのままで」 「わたしはこのままで」 入れ替わりを受け入れる・・・
「ぼくはわかった」 「わたしはわかった」 相手のことがわかってきた・・・
「ぼくがすべきは」 「わたしがすべきは」 本当にやるべきことに気づく・・・
「ぼくはたたかう」 「わたしはたたかう」 やるべきことに向けて闘う・・・
「ぼくとかぞく」 「わたしとかぞく」 家族への思い・・・
「ぼくはもうすこしで」 「わたしはもうすこしで」 もう少しでやるべき時がくる・・・
「ぼくときみで」 「わたしときみで」 元に戻るために・・・
「ぼくとわたし」 結末・・・
男女が入れ替わるという設定は小説や映画で見かけますが、この作品の入れ替わりは余命宣告を受けた「生きたい」人間と心が疲弊して「死にたい」人間の入れ替わりということで、切なくて優しくてとても素敵な作品でした。しっかりと泣けました。
航平は、「死にたい」と思っていたのだから余命宣告を受けた体になってそのまま死んでもいいかと思うのだけど、美羽の家族の優しさや献身的な看病の姿に触れて、美羽でないままでこの家族を騙したまま死んでいいのかと疑問を持ちます。美羽は「生きたい」と思って健康な体を手に入れたのだからそのまま人生を生きていきたいと思うのだけど、大切な夫と娘と家族ではなくなることに苦しみます。そして得たふたりの結論は元にもどること。どうしたら元に戻れるのかをふたりで考え、それに向けて、航平はつらい抗がん治療に耐えて頑張ります。美羽は航平のために仕事で成果をあげて人間関係を取り戻していきます。優しいふたりだからたどり着く強い信念の結論とそれに向けての行動に心打たれます。
美羽にとっては、残り少ない時間を家族とともに過ごすことができなくなってしまう入れ替わりで、とても無慈悲に感じますが、読み終わると、美羽は航平を通じて家族や親への思いや家族や親の優しさをあらためて知りますし、最後に健康な体で充実した時間を過ごせたということで、良かったねという思いで泣けてきます。航平は、自分の家族には無かった家族の優しい心に触れあいながら、元に戻るために苦しい抗がん治療に耐えることで、強くなっていく姿に泣けてきます。特に、航平が美羽として美羽の両親に病名を伝えるところ、美羽が残した航平として過ごした日々の日記と手紙の内容は、涙が溢れてきて何度もティッシュを取らないと読み続けられませんでした。
結末は、みんながハッピーエンドの大きな奇跡はおきませんでしたが、やるせない思いはまったく感じることなく、これで良かったのだなぁという優しさに包まれる心穏やかな結末でした。
人生においては、絶望して「死にたい」と思ったり、「死にたくない」と泣き喚くようなシーンは必ずあります。そんな時に違う視点で見たら、幸せに見えるところがあったり、考え方を変えればいいと思えたりすることもありますが、この小説のように実際に異なる環境や立場に入れ替わって見てみないと気付かないことが多いものです。だから、これから「死にたい」とか「死にたくない」と思うような境遇になった時には、この小説を思い出してみたいと思います。そうすれば、少しは心穏やかになってその境遇を脱することができるかもしれません。

上記はあくまで私の主観です。あとで自分がその時にどう思ったかを忘れないための記録であり、作品の評価ではありません。また、ネタバレの記述もありますのでご注意ください。


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