小説「また、同じ夢を見ていた」

【あらすじ】
頭が賢くて正義感のある小学生・小柳奈ノ花は、そのことで学校では友達がいない。いつも友達の猫と一緒に、アパートに住む女性・アバズレさんと、ひとりで静かに余生をおくっているいる老女のもとを訪ねるのが日課だった。女性と老女は奈ノ花に優しく接し、価値観も似ていることから唯一の友達という関係だった。ある日、いつもと違う道を行くと、リストカットを繰り返す女子高校生・南に出会い、物語を描くことが好きなふたりは友達になっていく。そんな時、奈ノ花は学校で「幸せとは何か」を考えることになり、隣に座る絵を描くことが好きな桐生光と一緒にそれを考えることになる。そんな時、桐生は父が万引きをしたことからクラスでいじめられて不登校になる。奈ノ花も桐生をかばったことからクラスで無視されるようになり、桐生の弱さを責めたせいで桐生にも避けられるようになった。「幸せとは何か」、「桐生とどう仲直りすればいいか」、「親との他愛のない喧嘩のこと」など、そういうことを奈ノ花は、女性、老女、女子高生に相談する・・・

【感想】
「君の膵臓をたべたい」の著者、住野よるの第二作目となる作品です。今まで読んだことのない雰囲気とストーリーとテーマの作品でした。心に響くことが多くて自然に涙があふれる、とっても感動的で素敵な作品でした。

人生における、「幸せとは何か」、「友人という存在の意味と付き合い方」、「人生の後悔ややり直し」という重くて難しいテーマを、奈ノ花の大人びてはいるが純粋な語りにおいて、女子高校生、女性、老女との会話を通して、するりと読み手の心にも素直にしみ込んできます。

娘のことや、友達なんていなくてもいいと思った自分と重なる部分があって、いろいろと思い出したことも余計に心に響いたのかもしれません。

一時は、自動車模型で友人が広がっていた時期もあったのですが、娘のイジメ問題やプロモデラーから攻撃を受けた問題とかで不安定になっていた時に、友達というものをどう考えればいいのか思い出してしまいました。あの時に一緒に悩んでくれる友人は無かったことで、奈ノ花のように「誰ともかかわらなくてもよい」と考えて今に来ています。それが幸せなのかどうなのか、これで人生ハッピーエンドとなるのか、まだ答えは出ていません。

タイトルとなっている「また、同じ夢を見ていた」というのは、女子高生・南、アバズレさん、老女の真相にかかわります。こういう夢を何度も見て、人生を推敲・添削してハッピーエンドに書きかえていくことができたら良かったのですけどね。今からでも遅くないので、自分の人生を幸せに向けて作っていかないといけませんね。最後に後悔しないように・・・

心に響いた言葉はいろいろとありましたが、いくつかを記録しておきます。

南・103-4
「喧嘩したら自分から謝れ。喧嘩は仲直りとセットだ。仲直りしないと、ずっと後悔することになるんだぞ」
南・104
「いいか、人生とは、自分で書いた物語だ。推敲と添削、自分次第で、ハッピーエンドに書きかえられる。」
老女・157
「大好きなことに一生懸命になれる人だけが、本当に素敵なものを作れるんだよ」
老女・162
「人というのはいいことよりも悪いことの方がよく心に残りやすい」
アバズレさん・189
「幸せとは、誰かのことを真剣に考えられるということだ」
アバズレさん・201
「誰ともかかわらないなんて、駄目なんだ。人と関われば、幸せを感じる素敵な出会いがある」
アバズレさん・206
「皆違う、でも、皆同じ」
アバズレさん・206
「どうすればわからない時は、相手の立場になってどうしてほしいかを考えればいい。それを少し、相手に合わせて感がられれば完璧」
アバズレさん・212
「人生には苦いところがあるかも知れない。でも、その器には甘い幸せな時間がいっぱい詰まっている。人はその部分を味わうために生きてるんだ」
奈ノ花・221
「私は、一緒に幸せを見つけられることが、友達や味方ということなんだと思った」
奈ノ花・296
「幸せとは、自分が嬉しく感じたり楽しく感じたり、大切な人を大事にしたり、自分のことを大事にしたり、そういった行動や言葉を、自分の意思で選べること」

上記はあくまで私の主観です。あとで自分がその時にどう思ったかを忘れないための記録であり、作品の評価ではありません。また、ネタバレの記述もありますのでご注意ください。

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