小説「棘の家」

【あらすじ】
穂刈慎一は、クラスで起こるイジメに目を逸らすような、事なかれ主義の中学教師だった。しかし小6の娘・由佳がイジメを苦に飛び降り自殺をはかり、被害者の親になってしまう。加害児童への復讐を誓う妻・里美。穂刈を責める息子・駿。家庭は崩壊寸前だった。そんな中、イジメの犯人と疑われていた少女・大輪彩の名前が何者かによってインターネットに書き込まれてしまう。そんな時、その少女が殺され、容疑者として駿が警察に連行される。追い込まれた穂刈は、教育者としての矜持と、父親としての責任の間で揺れ動く・・・

詳細は下記の通り。タイトルは穂刈家の庭に繁茂している蕁麻(いらくさ)から付けられている。
一 穏やかな翠
穂刈慎一の娘・由佳が小学校の3階から飛び降りて自殺を図る。イジメの犯人を知るために穂刈と妻・里美は由佳の担任・杉原に会いに行くが、保身に走る学校は何も語らない。帰りに、最初にいじめを受けていて由佳が助けていた白石夏菜から、いじめの主犯が大輪彩であることを聞く。
二 棘のある葉
穂刈は再度杉原のもとを訪れ、学校できちんとイジメ問題の後始末をするよう迫るが拒否される。一方、里美は大輪宅に乗り込み、警察に保護される。相手をどうしても許せない穂刈は、テレビ局に加害者の名前を伝えてしまう。その報道から、ネットでは加害者も被害者も実名が明かされていき、加害者である大輪家への集中砲火が始まっていた。そんな時、加害者・大輪彩の死体が見つかり、穂刈の息子・駿が警察への出頭要請を受ける。
三 毒を持つ嚢
駿は警察に出頭するが供述を二転三転させて取り調べが続く。ネットでは、被害者が加害者になったということで、今度は矛先が穂刈家に向いていく。穂刈は駿を信じようと真実を明らかにすべく奔走するが、家族への疑念が消えずに悩む。そんな時、大輪彩の両親が穂刈家を訪れて抗議して帰ってゆく。
四 不穏の茎
穂刈は日常を取り戻そうと努力するが、勤務先の中学校からは療養するように言われる。その帰り道に大輪家を訪れるが、そこで彩の兄・敬也と出会う。並行して里美と由佳の視点からそれぞれの穂刈の知らない姿が明かされていく。刑事・坂東による駿のより調べも徐々に進行する。
五 そして根は残る
穂刈は事件当日の宅配業者の不在連絡票を見つけ、里美の「自宅にいた」という言動に疑念を深める。あらためて事件現場周辺を調べる穂刈は、そこである事実を知る。穂刈の行き過ぎた捜査行動が気になっていた坂東は穂刈に注意をするが、その会話である真実が見えてくる。穂刈は、自分で犯人であろう人物と対峙しようとするが、穂刈の危うい行動を見張っていた坂東が犯人を捕まえる。穂刈はもとに戻ったようだったが、庭に繁茂していた棘のある蕁麻(いらくさ)はいつの間にか枯れていた。

【感想】
最近、中山七里の作品に傾倒している私です。この作品は2017年に「小説野生時代」に連載されていた「蕁麻のなる家」で2022年に単行本化された時に「棘の家」と改題されたものです。

イジメの加害者・大輪彩を殺した犯人はいったい誰なのか、信じられなくなっていく穂刈家はどうなるのか、最後まで興味深く楽しめる作品でした。合わせて、「学校という組織の中でのイジメ問題に対する対応」、「ネット社会での匿名による行き過ぎた攻撃」、「そもそものイジメ問題の本質」などの問題をしっかりと描かれており、共感する部分も多かったです。自分自身も、娘へのいじめ問題で、イジメをしていた子供の親に文句を言った時の相手の反応や、学校の先生と話し合った時に理屈や正論がまったく通じなかったもどかしい思いや怒りを思い出してしまいました。また、ネットで叩かれるということも少し経験しているので、マスコミやネットの無責任な正義感への嫌悪感も感じてしまいました。

そういう社会問題を織り込んだうえで、なにひとつ無駄のない構成で、意外な犯人である結末、穂刈家の家族の真実が巧みに描かれているという、構成上とても素晴らしく美しい作品でした。

いろいろと心に残る言葉はいくつかありましたが、穂刈が大輪に話す下記の言葉が印象的でした。(298ページ)
『本当に強い人間は他人を貶めたり虐げたりはしません。他人を見下し、支配下に置こうとするのは、そうしないと自分の弱さを暴かれそうで恐ろしいからです。自分の弱さを押し隠すために他人を迫害する。「裏通りで弱者が自分より弱い者を痛みつけるのがイジメだ」』

上記はあくまで私の主観です。あとで自分がその時にどう思ったかを忘れないための記録であり、作品の評価ではありません。また、ネタバレの記述もありますのでご注意ください。

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