平和教育を考える

平和教育とか平和学習について勉強しようと思って、いろいろな文面を読んでいます。平和教育で検索すると、AIは、「戦争の悲惨さや平和の尊さを学び、紛争の非暴力的な解決策や人権尊重の価値観を養う教育」と回答してくれます。平和教育とは、暴力によらない解決方法を選択する考え方を身につけるものであって、何かに反対することが平和活動ではないことはわかります。広島県のホームページの平和教育というページ(下記画像)には、「児童生徒に一面的な見方や考え方を押し付けることのないよう、客観的で公正な視点で…」と書かれています。具体的な正しい平和教育というのはまだ私にはクリアに見えてきませんが、少なくとも、答えを与えるのではなくて、自分で暴力による解決は良くないと考えさせることだと読み取れます。

戦争の悲惨さを教えながら、一方で悪と戦うヒーローものは賛辞されます。私が大好きで下手ながらも熱唱する「ヤマトより愛をこめて」では、愛する人のために戦いにむかう気持ちに涙があふれます。たぶん、この二面性に子どもたちは戸惑います。

何を教えれば、何を伝えれば、平和教育になるのでしょうか。悪いのは戦争という手段だけではありません。平気でイジメをおこなう子どもやそれを解決しようとしない大人が平和的な人間でしょうか?あおり運転をする大人が平和的な人間でしょうか?若い命を犠牲にしてしまったことに背を向けていることが平和的な人間でしょうか?(自戒の念も含めて)

平和教育で教えるのは、戦争という手段の悲惨さや否定だけではなく、人の心の中に平和的解決手法や人権尊重の考え方を浸透させることだと思うのです。それが無いから、戦争や基地反対のためには手段を選ばないようなことが平和教育なんて呼ばれて許されてしまうのです。命を大切にすること、人権を尊重すること、ルールを守ること、それを人の心のなかにちゃんと植え付けることが、戦争なんていう馬鹿げた手段を選ばない人間や国家を作ることだと、私は今時点では思うのです。まだまだ上っ面だけの学習中ですが。

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