沖縄慰霊の日の報道について

昨日の沖縄慰霊の日の「沖縄全戦没者追悼式」に関する報道(ある放送局)について思ったこと。

■平和の詩の朗読
過去の苦しみは忘れてはいけないが、年々言わされ感を感じるのは私だけの感覚か?朗読後の報道インタビューでも自分の言葉では喋れていないような…単に緊張していただけかもしれませんが…大人のインタビュアーは言わせたい言葉を言わせようと躍起だったのは確か…

■県民へのインタビュー
日本が戦争に向かっているかのような発言の採用が目立った。「憲法改正、防衛費増は戦争に向けての準備」との刷り込みをどうしてもしたいのか…

■話し合いでの解決の強調
力ではなく話し合いでの紛争解決ということは、誰も否定しないので、それはそれで誰も否定することではないが、話し合いにはいろんな相手がいる現実や、そのためにやるべきことに何も踏み込まず理想論だけに感じる…

■高市総理のスピーチでのヤジ
静粛な場であり、平和宣言にも近いスピーチに対して、話す前からヤジを飛ばす人間とは…自分が正しいと思うことは何をしてもいいんだという姿勢がこういう場でも垣間見える…「戦争反対、話し合いで解決」を声高々に言っている人間が、力で人を動かそうとする矛盾…

今の世界情勢の中でのいろんな想定に対して、国民を守り、話し合いで紛争を解決するためには、現実対応として何が必要なのか、話し合いが成り立たないケースではどう対応するのか、そこをきちんと問題提起して国民の中に議論を投げかけるのが報道機関の役割だと思うのだが…

憲法改正せず自衛隊を認めず、国を守る防衛費も認めない、それが戦争を回避し、国土と国民を守ることになるのか?
力の均衡なくして対等な話し合いができるのか?
世界の秩序を守らない隣国が嫌だと思う行動や発言を避け、逆らう発言もしないことが、本当の自立となり真の平和につながるのか?

戦争の悲惨さは日本人ならば誰でも知っているはず。戦争を避けるということを前提に、考え方の違いを理解し話し合わなくては未来は無いのでは?自分の考えと違うからといって批判や過激で攻撃的な行動ばかりしていても未来は無いのでは?

なんてことを思った次第…

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