

昨日書いた、いかりや長介さんですが、趣味は鉄道模型だったという話を聞きました。
「列車を走らせて喜んでいた」
仕事人間と思っていましたが、そんな一面もあったのかと思うと嬉しい気持ちがします。
本日は、通夜です。
合掌。
・・・・・・★
2週間ほど前に、くつろぎサロンでぽろっと書いた一番下の娘の音楽発表会のその後です。
その時は、いろんな意見を書き込んでいただき、少し私もムキになってしまって雰囲気が少しおかしくなってしまいました。
これではいけないと思い、無理にその話題は止めさせていただきましたが、その後も皆さんからいろいろとメールをいただきました。
その個別のメールのお話はお互い同士のお話として、今日はその後の主催者とのお話の結果と私の言いたかった事を書いておきたいと思います。
13日に主催者の責任者の方が私の家を訪れて、事情を説明していただきました。
結論をかいつまんで言うと、
「例年通りのやり方で何の問題も無かったので、それぞれが例年通りの役割分担で与えられた任務をしていた。」
「そのせいで、主催者側がマンネリ化していて、家族のことや、本質的なことを考えることがなくなっていた。」
「役割分担も自分の分担だけで、全体を見通すための横のつながりが無かった。」
というものでした。
私の「くつろぎサロン」での書き込みの「音楽鑑賞のマナーってそんなに重要?」ってタイトルですが、誤解があるといけないのでこの場で補足しておきます。
私が言いたかったのは、何のコンサートでもマナーは同じということです。
音楽だけではなく、落語も、舞台演劇も、映画も・・・。
なぜ、音楽だけが細かいマナーを声高々にえらそうに客におしつけるのかというのが私には理解不能なのです。
出入り口開放厳禁なんて細かい話だと思うのになぜこだわるのかもわかりません。
普通の演劇だと途中で入ってもいいでしょ。
そのときに、舞台の人間が気が散るというのでしょうか?
根本は、
「他の観客の皆さんに迷惑をかけてはいけない」
という事だけであり、それが各ジャンルで長年の歴史の中で細かいマナーに落とし込まれたに過ぎません。
なので、本質的な事を置き忘れて個々の細かいマナーに執拗にこだわるのはどうか?と言いたかったのです。
音楽好きな方々には、けっこう反感をかった物言いだったかも知れません。
私も音楽好きです。
しかし、本質を忘れたマナー論議は好きではありません。
それを音楽を目の仇のような表現をした事はいきすぎだったかも知れません。
しかし、主催者の説明のようにその発表会に携わっていた方々はその発表会自身の目的や意味を理解せずに、細かい決められたマナーに固執していたのです。
私はそれがたまりませんでした。
周りからはたぶん、わがままなできそこないの親に見えたことでしょう。
子供の事を考えると、そんな事目をつむって楽しく過ごした方が良かったと思います。
今でも、相手に非があるとは思いますが、自分の行動が最適だったかというと、そうではなかったと思います。
私も、何が、誰が一番大切かという本質を忘れていたと思うからです。
子供が楽しかったと言って帰宅できる事を第一に考えてあげるべきでした。
感じた異常な対応は、あとで主催者に伝えておけば良かったことでした。
この件でいやな思いをさせてしまった皆様に、あらためてお詫び致します。
くつろぎサロンでの音楽発表会の論争、その後・・・
「気まぐれ日記」(2001/5~2005/7)

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