神無月に「時」を思う・・・

早いものですね。
もう10月です。
オケツの膿だしで大騒ぎをしてから半年。
引越しの恐怖を味わったあの時から4ヶ月。
先だ先だと思っていた新居も、いよいよもうすぐ完成。
こうして振り返ると、長い時もあっという間です。
嬉しいことを心待ちにする「時」の流れは楽しいですが、「時」が過ぎ去り残りが少なくなるということに違いはありません。
楽しいことが早く来る事だけを待って、無意味に「時」を浪費することは馬鹿げています。
時間というのはできればどこかで止まってくれて、「時」が過ぎることの恐ろしさを感じなくてすむようになるといいななんて思っているのは私だけでしょうか。
しかし、「時」は子供を成長させてくれます。
悲しみを忘れさせてくれます。
本当は、人生をかけてこれをやりたいということがあって、それに自分の大切な「時」を費やすことができ、「時」の流れを当然のこととして受け止めることができるということが「生きる」という意味では一番良いことなのですよね。
ゆったりと過ぎる大きな流れの「時間」。
確実に自分を死に追いやるものです。
そして私がこの世からいなくなっても、何事もなかったように時は長い長い時間を永久に刻み続けるんです。
あなたはこれを壮大なロマンと感じますか、恐ろしい現実と感じますか・・・

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