「モデラーな日々」と「気まぐれ日記」

ある親しい人から、「気まぐれ日記」は私の人間性が出ていて面白かったが、「モデラーな日々」になってからはそういう面白さが無くなった、という意見をいただいた。
その方は、模型を趣味とする方ではないので、余計にそう感じられたのだと思う。
「モデラーな日々」をはじめた時にも書いたが、意図して内容をそうしている。
文体も「ですます」調から、「である」調に変え、よけいに以前のような親しみは薄まったかも知れない。
「気まぐれ日記」の頃は、私の心の変化や揺れも書くことにより、ネットという素晴らしい環境を通じて自分という人間をわかってもらい、本当の人間関係のつながりを作りたいと思っていた。
しかし、その思いをわかっていただいていたのはサイレントマジョリティであり、ノイジーマイノリティ(ノイジーマジョリティでは無いと信じているが)はあまりにも無神経すぎた。
自分の病気の事を書いていろいろと言われた事もあったが、記憶の新しいところでの例を言うならば、7月初にあった家族の入院とサーバー移転が重なった時の出来事がその典型かも知れない。
「しばらくの更新中止」のアナウンスと、ホームページがサーバーの契約上トップページ(つまり一番上のフレームだけ)しか見ることができなくなったというだけで、その日か翌日には巨大掲示板で批判的な声が出た。(具体的には、「巨大掲示板思い出&戒めコレクション」を見ていただければと思う。パスワードは「yumeshibai」である。)
サイト管理人としての資格が無いとか社会適応性欠落とまで言われると、さすがに家族の病気も加わって落ち込んだ。
パブリックサイトでも数日更新しないサイトなんかザラだし、リンク切れがそのままのサイトもあるのに、たかが個人の趣味のサイトでしかもたった一日の事で何故そんな事まで言われないといけないのかと思った。
そういう事があると、たとえマイノリティの発言であったとしても、煩わしさは避けたくなるのが人間というもの。
さらにそのノイジーマイノリティの方々が、別の顔で私に接してきていたりする。
加えて何度お願いしても目に余る直リンクや画像の無断利用といった行為も後を絶たない。
顔の見えない人に対する人間不信を感じるには十分な出来事である。
その結果として、「気まぐれ日記」で楽しんでいただこうという気持ちは抑えられ、サイト閲覧にもセキュリティじみた対策を講じるという結果になった。
閲覧者の方々の閲覧のし易さや面白さやアクセス数の多さよりも、私は自分を守ることを優先とした。
今後も私は、淡々と模型サイトを運営していくだけである。
寂しいことではあるが、サイトをはじめた頃よりネットで知り合った人間を信用できなくなっている自分がいるから、それも仕方がない。

コメント

  1. (匿名) より:

    「巨大掲示板思い出」、読ませていただきました。
    あの掲示板は無記名のいわゆる【便所の落書きスタイル】で運営してますから、そこが楽しい時もあるんですが、酷い中傷もありますよね。
    あまり気になさらぬように、今後も楽しいサイト運営を継続されてください。
    みんなwarachanさんの作品を見て、腕を羨んでいるのです。
    羨望が嫉妬になるってのは良くある事ですから。
    外野でワーワー言ってる野次馬はスルーって事で、自分はこれからも時々コメント書かせていただきます。宜しくお願いします。