痛い心への追い討ち

今日、仕事を終えて帰ろうとした時に会社のパソコンでニュースをチェックしました。最初に飛び込んできたのは、「プール排水口に女児が挟まれ、救出中」というもの。挟まれたのだからその救出かと思って記事を読んだら、プールの60cm×60cmの排水口のふたが外れていて、そこに小学校2年生の女の子が吸い込まれて行方不明というものでした。
昨日、小学校一年生の末娘に対して切ない思いを抱いたせいもあるのでしょうが、小学校2年生の女の子というだけで自分の娘のことのように感じて涙が出てきました。どうしても無邪気でけなげな娘とだぶるのです。
きっと家族でプールに遊びに来るのを楽しみにしていたのでしょう。昨夜はどんな気持ちで眠ったのでしょう。プールの中では、楽しく遊んでいたのでしょうか。まだおぼつかない泳ぎで一生懸命泳いでいたのかもしれません。親はプールで遊ぶ嬉しい娘の顔を見たかったのでしょう。ついつい自分と自分の娘に置き換えて考えてしまいます。
それがまさか排水口に吸い込まれるとは思ってもいなかったでしょう。本人も親も・・・。
監視員は、問題の排水口のふたがはずれていることを知っていて注意を呼びかけていたそうです。プールの排水口のふたがはずれていることに対してどう注意しろというのでしょう。大人が立つなり、ポンプを停止するなり、もっと危険を感じた処置をとるべきだったというのは結果論なのでしょうか。
夜のニュースでは、6時間近く経ってようやくプールを壊して女児を助け出したそうですが、心肺停止状態で病院に運ばれたそうです。
数日前に「戸惑い」というタイトルで、幼い子供の事件に対して怒りや悲しみを感じなくなってきたと書きましたが、自分の子供達と重なる部分があって、その本人に何の責任もなく、楽しんでいた中で起きた突然の悲劇には、やはり心が痛く切なくなります。
夏休みの楽しい中での幼い子供達の事故は本当に起こらないでほしいです。それを防ぐのはまわりの大人の責任でもあるのですから、私も含めて大人はもっともっと子供達に注意をはらうべきです。
女児の回復を心より願うばかりです。
今日書こうと朝から思っていた出来事があったのですが、あまりにも今の自分の心にダイレクトに突き刺さってきた事故だったので、書いてしまいました。他人にとっては、だからなんだということなのですが・・・。
・・・・・・・★
この記事をアップしたあと、ニュースで女児の死亡が伝えられていました。まだ確認されていなかったのでかすかな望みを持って「回復を・・・」と書いたのですが、やはり最悪の結果になってしまいました。
嬉しいとき、楽しいとき、幸せなとき、そういうときに人は奈落の底に落ちるような悲劇を味わってはいけません。かわいそうすぎます。切なさすぎます。辛すぎます。
女児のご冥福をお祈りするとともに、ご家族のご心痛をお察しし心よりお悔やみを申し上げます。

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