脱・携帯電話の日

私は携帯電話をふたつ持っています。自分のものと会社から与えられているもののふたつ。どちらも今時珍しい「カメラ無し」携帯です。会社の中は開発中のクルマがたくさんありますので、セキュリティの関係から「カメラ無し」携帯しか持ち込めません。
仕事上は会社の携帯電話だけで問題ないのですが、個人メールはすべて自分の携帯電話に届きますので、両方持っていないとリアルタイムの個人的な情報伝達という面では不便で仕方ありません。
その自分の携帯電話を、今日は家に忘れて会社に行ってしまいました。気分的には自分の体の一部が欠けているような変な感覚で、最初はなんとも落ち着かない感じでした。しかし時間が経つと、無ければ無いで逆に落ち着いた時間を過ごすことができることがわかってきました。届いたその時に処理しないといけない情報もあるのですが、無ければ無いでなんとか割り切って後で処理できるものです。
現代はリアルタイムで届く数多くの情報に対して、それをリアルタイムに処理しないといけないような脅迫観念にとらわれていることが多いです。でも、そういうのはほとんどは思い込みなのかも知れません。処理が半日や一日遅れたところで、何かが大きく影響をうけることなど少なくて、場合によってはその「間」があるほうが人間らしさが出るようなこともあったりします。
今日の「脱・携帯電話の日」をきっかけに、この際、携帯電話を世の中のレベルに合わせた「カメラ付」携帯にして、会社には持ち込まないようにしようかな・・・と思ったり。
今週は、体調すこぶる悪く、時間が過ぎるのが何倍も遅く感じる私です。

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