私のお気に入りのサイトに、青春音楽館というところがあります。私の年代には懐かしい曲をMIDI音源で聴かせてくれます。
このサイト、音楽だけではなく、ひとつひとつの歌に館長さんのエッセイがついています。実はそれがよかったりします。
その中で、今日、こんな文章を見つけました。
| 振り返れば、卒業までのほんの数年の季節の流れの中で、人は人と別れて、いろんなものを失いつつ、またいろんなものを学び得ていくものなのです。 そしてまた人と出会い、人とふれあい、そして、人を信じ、人と愛し合うとともに、人に裏切られ、人を恨み、人を憎しみ、人と別れていく。 そして、また懲りずに人と出会い、人と別れ…、そんな繰り返しが、人生なのかもしれません。 しかし、人と別れるときに感じることは、そこで時間が一瞬、止まってしまうということです。 流れる季節のように、緩やかに流れていた時間(とき)が、止まってしまいます。 おなじ時間(とき)を過ごし、共有していたはずなのに、それがまったく錯覚だったようにも思えます。 それが恋人同士のときならば、なおさらです。 さて、失恋して失うものはなんなのでしょうか。 そうです、失うものは、恋でも、愛でも、まして、相手でもありません。 失うものは、次の相手に出会うまでの間の時間(とき)、失われた時間(とき)だと思います。 このことは、いくつかの恋を経てこそ、修得できる卒業単位なのかもしれません。 |
いくつになってもこういう文章が書けるというのは、なんかいいですね。こういう考え方のできる感性は私も失いたくないものです。
なぜか、ジーンとしてしまって涙が出てきましたよ。
そのページから流れてきている曲は、中島みゆきの「春なのに」。
もの悲しいメロディと詞です。
・・・・・・・★
今日は、疲れで身体が動きません。頭も心も沈んでいます。
だから、感情が過敏になって涙も出るのでしょう。
今夜は、眠りから覚めないのではと思うほど眠るかもしれません。
こういう男はかっこ悪いですな。
わかっているのです。
「男は気高く、そして潔く」
今、私が読んでいる、川北義則氏の「男の品格」のサブタイトルです。
そうありたいと思い、私のポータルサイト、「homo ludens ~遊戯人~」を立ち上げました。あわせて、ハンドルネームを「遊戯人」に統一しました。
遊びをせんとや生まれけむ
戯れせんとや生まれけん
遊ぶ子供の声聞けば
我が身さえこそ動がるれ
(川北義則著「男の品格」より)


コメント
良かった・・・本当に・・・
遊戯人さん、これからもよろしくお願いします。
私も人生を楽しまなくちゃ!
いろいろあるけど、悲観してたら悲しい人生。
楽しんでたら楽しい人生ですものね。
私も自分の人生を楽しいものにするべく、これから一層がんばります(⌒ー⌒)
匿名さんも何かつらいものを背負っているのかな。
また、メールしますね。
こちらこそ、これからもよろしくお願いします。