逃げること

私が夢中になっていた趣味の世界に嫌気がさしはじめてからもう1年になります。
世の中、いつになっても、いくつになっても、「いじめ」というものはなくならないものです。「なくならないものです」と言い切らないといけないのが、悲しいというか情けないというか・・・、でもそれが人間というものです。
いじめられた側のつらさは、所詮、本人以外にはわかってもらえないものです。それは私が身に染みて感じました。いじめのつらさ、苦しさは人にはわからない。わかってあげられるのは、同じ苦しみを経験した人の中に、わずかに存在するだけです。
いくら親しくしていた友でも、苦しい時の悲鳴は聞こえない、聞いてくれない。
もし、本当にいじめを無くそうと思う人がいるならば、注意深く、細心をはらって、現実をナチュラルに見る目が必要です。自分の判断基準や価値観を捨てて、相手の身になった考え方をすること、それができない人に、いじめを無くそうだとか、いじめは悪いことだとか、わかったような顔で語ってほしくないと思ったりします。
一年前のある人たちのことばがとても苦しかったこと、わからないでしょう。
一番好きな趣味が嫌いになった気持ち、わからないでしょう。
大切な友人たちを捨てることになる決意、わからないでしょう。
いじめで逃げた人の気持ちなんて、みんなわからないのです。
私は、趣味の世界から逃げただけですが、中には人生から逃げてしまいまう人もいます。
私があの時、趣味からだけではなく、人生から逃げていたとしたら、みんなに私の苦しみをわかってもらえたのでしょうか。
そんなことは絶対にありません。かわいそうと表面的に悲しんでくれる人と、馬鹿じゃないのかと心で笑う人の二通り。
だから、もしあなたが同じ悩みを持っているのならば、人生から逃げるなんてことは考えないで、そのつらい場から逃げればそれでいいのです。私が趣味の世界から逃げたように。
いじめられて自分の人生を捨てるなんて、馬鹿げているのですよ。
そんなことしたら悲しむ人がいることを、絶対に忘れないように。
馬鹿な大人、馬鹿な教師、馬鹿な・・・、はなくなりません。
そんな馬鹿がいる場から逃げるだけでいいのです。
逃げても、別に自分のいる場所がなくなるわけではないし、すべてがなくなるわけでもない。
大切な人の前から永遠に消え去る必要はまったくないのですよ。

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