学生時代から渡辺淳一の作品をよく読んでいたと、以前ここに書いた事があります。
初期の医学的な内容を含む小説は興味あったのですが、愛の小説が主になってきてからは興味を持ちつつ遠ざかっているところがあるのです。
あまりに情念が強いというか深いというか、そういうのにちょっとついていけない部分を感じていたのかも知れません。それと、愛するもの同士の理屈が中心となっている点も気になっていました。
しかし、私も50歳近くなると、その情念に溺れてみたいと思ったりする気持ちがわかるようになってきました。まわりの人たちに迷惑をかけることであり、社会通念上も後ろ指差されることかも知れませんが、それでも一度は大人の愛の情念を感じてみたいと思ったりするのです。男も女も年齢には関係なく求め合う気持ちはいつまでもあるものだと思いますし、実はそれはだんだんと強くなるのかも知れないと思ったりもします。
昨日、今日と放送された渡辺淳一の「愛の流刑地」を見終えたあと、そんなことを考えてしまいました。高岡早紀、とてもよかったです。
愛の流刑地
テレビ番組

コメント
渡辺淳一はヘンタイ。倫理観、道徳観がまるで無い。単に性欲におぼれているだけ。最近は自分の欲求を満たす目的のためだけにレイプ等の犯罪が増えている。自己抑制力が無さ過ぎる。渡辺淳一も同じ。
g062230.ppp.asahi-net.or.jpさんへ。
はじめて来ていただいてコメントありがとうございます。
倫理観、道徳観っていったいなんでしょう?
私は、匿名で挨拶もなく自分の一方的な価値観を押し付けて書き逃げることのほうが、よっぽど倫理観や道徳観を疑ってしまうんですよね。
世の中は、いろんな価値観があることを認めるのが大事だと思います。そうしないと、自分は正しい、自分の考えと違う他人は正しくないという差別が広がります。
そもそも、人間は「性欲」だけではなくいろんな「欲」で生きているもの、「欲」は認めたうえで犯罪防止とは切り離して考えるべきかなと私は思います。