私は幼い頃からたまにあるのです。
最近はあまりなかったですし、あったとしても、朝のトイレの中とかが多かったのですが、今日は会社にいるときの昼休みにおきてしまいました。
それは何かと言えば・・・
時の流れの永遠さを感じ、それに対して自分はいつかは生を持った人間ではなくなるという、恐ろしさというか、孤独感というか、絶望感というか、そんな気持ちになること。
今は元気に何事もなく生きていても、無情に時は過ぎ去りいつかは自分はこの世界の登場人物でなくなる。
そうなるとおまえはどうなるのだ?
おまえはおまえでなくなるのか?
無になるということはどういうこのなのだ?
そういう思いが数秒の間、頭を占有するのです。
これは私が半世紀近く生きてきたから思うことではありません。小学生の頃からそういう思いに引き込まれることがありましたから。その頃から自分の死は確実にいつか来るということを、現実問題としてとらえていたような気がします。
だから死にたくないと強く思うし、命をかけて戦うとかいうことは絶対に考えられません。小学生の頃から、自分が生きている間は戦争が起きないようにと真剣に祈っていました。私が小学生の頃というのは、戦争はまだ現実としての余韻を身近に残していましたからね。
そんな私なのに、夜の海に飛び込みたくなったり、高いところから飛び降りてみたくなる衝動に駆られる時期もありました。死は怖いくせに死というものを経験してみたくなる衝動。精神が疲れるとそういう発想にもなるのかも知れません。
死に対してそういう意識をもっている私ですが、死が怖いからこそ、子供が死に直面した時には、命をかけて子供を守るということはあるかも知れないということは素直に受け入れられます。自分の死が怖いくせに、自分が犠牲になれる思いを持てるということには、自分でも不思議な気がします。本当にそういう時にそういう行動がとれるかどうかは、その時になってみないとわからないことではありますが。
私にとって死は特別なことであり、生きている中で一番大きなことです。そんなことを日常でも感じてしまう私は臆病者です。
臆病者
徒然の思い

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