判決

今日、福岡地裁で福岡の3幼児死亡事故の判決が出ました。
いろんな意見や考えがあるのでしょうが・・・私の感じたことを徒然に。
普通にルールを守って運転していても、残念なことに事故は起きることがあります。
ちょっとした油断、不注意、健康、アクシデント、などいろんな原因によって発生します。
できればそれがゼロに限りなく近くなればと願います。
そういうことで起きた事故の原因が「過失」というのでしょう。
今回の判決は、「酒を飲んで運転はしていたが、それが原因で起きた事故ではないから危険運転ではない」と言っています。こういう判断になるべくしてなったというか、予想できたというか。
「危険運転致死傷罪」の条文は以下のようになっています。
アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ、よって、人を負傷させた者は15年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は1年以上の有期懲役に処する。その進行を制御することが困難な高速度で、又はその進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させ、よって人を死傷させた者も、同様とする。
この中の、「正常な運転が困難な状態で」という表現と、「進行を制御することが困難な高速度で」という表現に問題があると私は思います。重要な法律の中で、こういう曖昧な判断基準にしているから、今回のような判決を裁判官がしてしまうのです。
そもそも、正常な運転が困難であろうがなかろうが、危険運転にはそういうものは関係ないと私は思っています。
多くても少なくても、飲酒運転そのものが危険運転。
住宅街の細い道で100kmで走れば、それ自体危険運転。
運転技術があったり運が良かったりして、問題なく無事走れたらそれは危険運転ではなくなるのですか?
事故を起こすまで無事に運転できていたから危険運転ではない。
飲酒していてもアルコール濃度が低かったから危険運転ではない。
それがまかり通るならば、個人差で罪の重さがかわってしまうことにもなりますし、飲酒運転をして重大事故を起こした時は逃げてアルコール濃度を下げてから出頭したほうが罪が軽くなるということになります。
危険運転というものは個人の資質には無関係な明確な行為で定義すべきであって、運転が困難であるとか制御することが困難とかはその結果にすぎません。にもかかわらず、その結果に基づいて危険運転かどうかを判断しようとすることに矛盾が出てくるのです。
法がないと裁判官は人を裁けません。
でも法を運用するのは人であり裁判官。
揺れ動くだろう判断の中で、もう少し将来につながる判決にはできなかったものか、そう思います。

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