ネットをはじめるといろんな人と知り合いになれます。
気があえば、会ってもいないのに旧知の仲のように話ができます。
これは、とてもすばらしいことだと思います。
しかし、長くネットを続けていると、親しくなった人でもそのうちになんとなく離れていったり、きまづくなったりして離れてしまう関係も出て来ます。
それはそれで、仕方がないことだと思いますし、当然のことだと思います。
ただ、私の場合、せっかく築いた関係を結果的に自分から壊してしまうというケースが多々あります。
あくまで結果的にであって、わざと壊したいと思っているわけではありません。
じゃあそのケースはどんな時か・・・
どうでもいい人に対しては、自分のことをその人がどう思っているとか、自分がどういう考えを持っているかを伝えたいとかいう気持ちはまったくおこりません。
しかし、「この人とは本当に親しくなりたい」と思う人に対しては、やはり自分の考えを知ってもらいたい、理解してもらいたい、自分という人間をよく知ってほしいと思うのです。
そうすると、「自分はこう思う」とか、「それは私はおかしいと思う」とか、ネット上で饒舌になり、いろいろと自分の考えを前面に出してしまうようになります。
それが、相手にとって自分と同じ考えなら良いのでしょうが、いつもそうばかりとは限りません。
うっとおしく思う人もいれば、考え自体が違う人もいます。
私が、相手の考えについていけないケースも出てきます。
そういう時・・・、その関係が壊れてしまうことが多いんです。
たぶんたいていの方は、幅広い考えでうけとめて違うところは違うということを認めながらうまくやっていくのだと思います。
私も、意見の違いはいろいろ自分にも勉強になると思ってますので、あまりぶつかることはないのですが、基本的な価値観なんかになりますと、もうぶつかることの方が多くなります。
自分の気持ちを押し殺してまで相手にあわす必要はないとは思いながら、そもそも自分の気持ちを押し殺さないといけないほど自分の考えに固執する必要があるのかとも思ってみたりします。
今日、ネットで知り合ったある方から、私が対人関係に悩んでいるようなのでということで、いろいろと嬉しいアドバイスをいただきました。
個人的にいただいたメールですが、こういう考えも大事だなと思える一文を勝手にご紹介させていただきます。(Kさん、勝手にごめんなさい。m(__)m)
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「妥協点を探ろうという時に私は、だいたい3:7を目安にしています。
自分が何十年か生きてきた中で得た情報量と、相手の情報量と、例えその量に差が無いとしても、その質においてはかなりの開きあるでしょう。
なので、社会通念として共用できる意見+自分なりの考えを3とし、相手も同様3として、噛み合わないで有ろう部分を其々2づつと考えると、自分の意見が3割折り込まれた辺りが、「お互いに感じる五分五分なのでは?」と思っています。
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せっかくネットというのもがなければ知り合うこともなかった人間同士が縁あって知り合ったわけですから、本当はこのような考えで妥協点を無理なく納得し導き出してもっとうまく上手に関係を深めていければいいのでしょうね・・・
いくつになっても教えられることばかり・・・
いつになったら私は大人になれるんでしょうね・・・
人と付き合っていくということ・・・
「気まぐれ日記」(2001/5~2005/7)

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