

私という人間、話をする時に相手の顔を見て、特に目を見て話ができませんでした。
できるようになったのって、これだけ歳を重ねていながらごく最近の事なんです。
なぜかって不思議に思いますよね。
そんな簡単な事ができなかったなんて・・・。
ある時期までは、私は自信家で仕事に厳しく怖い、そう思われていたそうです。
自分ではそう思っていませんでしたから、実感としては乏しいのですが・・・。
そんなふうに周りに思われていたにもかかわらず、その頃はプライベートでは、相手の目を見て話をすることはできませんでした。
理由はわかっています。
自分という人間に自信がなかったのです。
相手の目を見ると、逆に相手に自分の弱点を見透かされるようで、それが怖かったのかな。
いろんなコンプレックスもあって、笑われるんじゃないかとか、嫌われるんじゃないかとか、バカにされるんじゃないかとか、そういう事ばかりが頭をよぎってました。
そういう自信が無い分、厳しさや怖さを外に出して虚勢を張っていたのでしょう。
それが、ある時期・・・
つまり、私がいろんな悩みで心が疲れ、あるこだわりを捨てた時から・・・
変わったのですよね。
自分がどう評価されるとか、自分がどう思われるかなんて、どうでもいい事だと吹っ切れたら、相手の目を見て話をする事に抵抗が無くなったのです。
自分に対する人の目を気にしないで、自分の物差しを信じて生きるという事は、実は自分に自信を持つという事だったのです。
周りにどう見られようと、どう思われようと、自分がこう生きたいと思う生き方をする。
それだけで、自分に自信が持てるものだとわかったのです。
今は、若いおねーちゃんに対しても目を見て話しができます。
相手が自分にいい印象を持たなくても、それで自分が世界に否定されたわけじゃないんです。
嫌われたり笑われたりしても、見る目が無いヤツだなとか、価値観が違うわ、ということで済ませりゃいいんです。
そういう自信を持つと、今度は人が寄って来てくれたりするから、人間というのは面白いものです。(^.^)
他の人にとっては簡単な事でも、私には「相手の目を見て話をする」という事はそういう事だったのです。
ヘンな人間でしょ。(^.^)
・・・・・・・★
今日は心がとても穏やかです。
心は穏やかでないと、人に優しくなんかできませんね・・・。
今日はなんか嬉しい気持ちなのです。
・・・・・・・★
今日の日曜劇場の「夫婦」。
「黒木瞳の脚、きれいやな~」
なんて事ばかり思って見ていたわけではありません。(^_^;)
最後の妻が夫にいった台詞、少し胸にこたえましたね・・・。
私が求める妻というのは、あの夫婦の妻に近かったのですが、ああいう風に言われると同意せざるを得ませんね・・・。
まぁ、幸せな方々にはあまり心に響かないとは思いますが・・・。
相手の目を見て話をする・・・
「気まぐれ日記」(2001/5~2005/7)

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