久々の大阪という街・・・


今日は、大阪にJMC2003作品展を見に行ってきました。
大阪と言えば、一時はなんば花月に吉本を見に行っていた時があったのですが、最近はとんとご無沙汰でした。
しかも、行く時はいつも私の大好きな近鉄特急と決まっておりまして、自分のクルマで出かけるというのは初めてです。
私の家から大阪まではだいたい200Km強で2時間半くらいで行けますが、今の時期は天候が一番気になるところですが、今日は関が原あたりは雨にとどまり、雪にはならなくて良かったです。
気持ちよく、グランビアちゃんで快走してきました。
(しかし、グランビアちゃん、食事が往復持ちません。60リッターで400Km走れない車なのです・・・)
さて、初めて行った大阪城公園。
駐車場にたどり着くまで、公園を一周してしまいました。
でも、どこかのN県のMさんのように名古屋で1時間も駐車場にたどり着けないという笑い話にはなりませんでしたよ。
ちゃんと30分以内で見つけました。(^。^)
そして、大阪城ホールに行くと・・・
「まだ準備中なので入れません」
と言われる。
「今日って模型の展示会だったはずですが?」
「今日は藤井フミヤのコンサートで、今はその準備中です。」
「他にホールってあります?」
「他にですか?城見ホールっていうのがありますが・・・」
(そういやパンフレットに大阪城ホールの下にもうひとつ、なんとかホールって書いてあったなぁ~とその時に思いだす)
「ど~も~」と言っておねーちゃんとそんなやりとりをしてから、ふと横をみると、
「JMC作品展はこちら」という大きな立て看板。
おねーちゃんもいい加減だけと、私もいい加減ですね~。
ちゃんと見てから人に聞けっちゅうの!
JMC2003作品展はやっぱりハセガワさんということで、しこーきの多い事、多い事。
クルマなんてやっぱり今まで同様一握りですね。
こんなところで、腕をきそってもあまり意味がないような気がして、2年ばかりは参加しませんでしたけど、そういう状況はあまり変わっていませんね。
カーモデルを製作される皆さん、もっと参加してじこーきを蹴散らしましょうよ。
たくさんの作品が集まってこそ、面白いと思いますので。
コンテストの結果は結果。
どうせ人が感覚で選ぶので、選ばれなかったら審査員の見る目が無いと思えば良い事だと思います。
こういう場に参加して楽しむのが原点と思います。
Takuさんのセリカも私のセリカも元気でした。
特にTakuさんの作品は実物をしっかり見させていただきました。
ツヤもすばらしく、開閉ドアもすばらしい出来栄えでした。
実物を見るというのはやはり刺激になりますね。
さて、来年はどうしましょうかねぇ~。(^.^)
・・・・・・★
大阪城公園に来たのですから、やはり大阪城は目の前で見てみたいということで、子供たちにも、
「ここはね、豊臣秀吉が時の権力を誇示しるために建てた城で、側室の淀君とその子供の秀頼もここで暮らしていたんだよ。
最後には大阪夏の陣で徳川家康に殺されたんだよ・・・
その時に秀頼の奥さんは家康の孫娘で千姫と言ってね、その千姫を救いだすのに家康はいろいろと手を尽くしたんだよ・・・」
とか、話をしてもまったく興味無し。
大阪に来る途中の関が原でも、
「ここで天下分け目の決戦があって、徳川家康が勝利した事により、徳川幕府が出来たんだよ」
なんて事の話もしてきたのですが、
「ふぅ~ん。そういや学校で聞いたことがある・・・」
なんて程度です。
まぁ、歴史というのは、ある年齢になって興味がわくもので、学校で勉強している時はいろいろと覚えなくてはいけないいやな科目のひとつでしかないのでしょうね。
そういう意味では、もっと楽しく歴史なんか教えられないのかと教え方に不満を覚えてしまったりもします。
城の中には入りませんでしたが、真近で見た大阪城はやっぱり凄い迫力で、その雄大さを感じてきました。
・・・・・・★
そんな歴史的建造物よりも、娘が見たいと言ったのは、例のタイガース優勝で飛び込みをした橋とグリコの大きなネオンサイン。
仕方がないので、御堂筋にクルマを走らせ、銀杏並木の下にクルマを止めて、見てきましたよ。
しかも、おのぼりさん丸出しで、写真撮影。
まぁ、下の写真を見てやってくださいな。(^_^;)
・・・・・・★
コミュニティ広場に大阪は第二の故郷と書きましたが、実は母親の出身地なのです。
元は池田にいたそうなんですが、結婚して三重県に嫁いだ後、母の両親(つまり私の祖父母)は粉浜に住んでいました。
祖父母の家にはよく行く機会があって、祖父母の家に行くときは、三重県から近鉄で鶴橋まで来て、環状線にのって大阪まで行き、地下鉄で、なんば、大国町、花園町と来て、玉出で下車していました。
今、その場所がどうなっているのか、見に行ってきました。
道路、町並みは当時のまま。
南海電車だけ踏み切りだったのが高架になっているくらいでした。
祖父母が住んでいた家もそのままのような気がします。
暗かったのですが、懐かしさのあまりフラッシュで写真を撮りまくっていましたが、よく考えると異様な人間ですね。
大阪は私にとってなんかほっとする街です。
できれば、もっとゆっくりといつか散策したいと思っています。
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さて明日は、本当の私の故郷三重県へ・・・。
少し気の重い帰郷です。

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