おごり、傲慢・・・


「おごり」と言っても相手の分まで支払う事ではありません。
人間ってものは自分の考えや世界を作りあげていく間に、自信というものやプライドというものを身に付けていきます。
自分の考えが一番正しくて、それにあわないものは間違いだと思ってしまう。
その自分の考えに異を唱えられると、ムキになって反論したりしまう。
そういうのって、おごり、傲慢の何ものでもないですよね。
自分の考えや意思を強く持つことと、人の考えや意思を否定することとは、けして同じではありません。
人の考えや意思をきちんと聞いて理解したうえで、自分の考えと違う部分は率直に述べることができ、それを相手に納得させる必要があるのならば、相手の考えや意思を尊重した上で、同じ方向に進められる道を見つける。
そういうことが自然とできるようになれば、最高なのでしょうね。
人が10人いれば10通り、100人いれば100通りの考えがあって当たり前で、逆に言うならば自分は自分の意見や意思をもっていて当たり前という事になります。
選挙の事を書いた時に、
「組織票や候補者の票田というものが無くなれば、もっと政策論争になるとおもうんですけどね。」
と書きましたが、みんなが自分の意思を持ち、それでいて人の意見に耳を傾けて本質を議論できる、そういう事ができればなぁ~と思います。
最近、なぜこんな事ばかり書くかと言いますと、自分はけっこう「おごり」や「傲慢さ」が表面に出ていたのかなと気づき始めたからでしょうかね。
それとも単なる弱気の虫が出てきているだけの事なのか、難しいところです。
40歳も後半にはいる人生、人間として魅力的になるにはどうすればいいのか、残りの人生を輝いて暮らすにはどうすればいいのか、「不惑の40代」でありながら惑うばかりの40代です。
「会社をやめて、肩書きもなくなり、上下関係もなくなったら、誰も話す相手がいない」
そんな風にだけはなりたくないと思うのです。

コメント