何処に向かうのか・・・

今日は3時頃からすごい雷。
一番下の娘は、怖がっておかあさんにつきっきり。
今日は終戦記念日です。
最近の日本はやっぱり何かヘンです。
人によっては、今までの日本がヘンだったのだという方もみえるでしょう。
どちらが正しいかは一概に言えるものではありませんが、いろんな最近の動きを見るに付けこの国は国民のことよりも国家のメンツを優先しているように思えることが多いです。
私は、この戦後57年はある意味平和を愛する、戦争を毛嫌いするということが優先されていたとても良い時代だったと思っています。
国民のエネルギーは平和を求めて経済発展に費やされていたような気がします。
それで一生懸命だったんでしょうね。
今はその結果として、この国はとても豊かになり何らかの刺激を期待していたりしています。
戦争というものに対するアレルギーも失せてきたようです。
誰がどう理屈をこねても、人殺しを正当化する理由なんて何もあるはずがないと思います。
(日頃、子供を殺されたら相手を殺すと言っている私でさえ、それを正当化してやれるとは思っていない)
なのに、戦争だの有事だの真面目な議論の中で平気で言葉に出るようになっています。
戦争は人殺しであることをもっと重く考えてほしいと思うのです。
どこかの国がテロの報復という理由で、ある国に爆撃を繰り返しました。
でも、それは虫を殺すのではなく、それぞれの生きた人間が、家族が傷つき死んでいくのですよね。
その中には、幼い子供もいるし、女性もいる。
兵士の戯れのような発砲で子供の前で死んだ父親もいるんです。
ひとりひとりの重い人生が、国という本来人を守るべきもののために失われていく。
人が死ぬのなら、国なんてあっても仕方がないよね。
国があるなら、人を死なせないためにいろんな努力をすべきだよね。
大人は子供には、「殴られたからと言って殴り返すのはよくない、よく話し合って解決しなさい」と教える。
それが国になると、「やられたらやり返す」が簡単に正当化される。
おかしいですよね。
そんな国は子供レベルの知恵しかないということに気づいてほしい。
「有事のことは平和の時に考えておくべき」
それはその通り。
しかし、その考えた結果はけして戦争の準備ではない。
一番大切にすべき隣国の気持ちを逆なですることでもない。
何をすれば有事を避けられるか、それを考えて行動すること無しに、有事のその次を考えるのはおかしいんじゃないかと私は思う。
終戦記念日の一日くらいは、こういう事を考えて57年前のいろんな人の人生に思いをはせるのもいいとは思いませんか。
・・・・・・★
北海道の花火大会でまた痛ましい事故。
花火が好きな私も知らなかったのですが、大玉はあれくらいの破片が落ちてくるのは当たり前なのだそうです。
だから、打ち上げ場から観客席までの距離はある程度の距離を確保するのですが、北海道ではその距離が250mあればよいことになっていたらしいのです。
こういうことは起きてからまずいことがわかるということが多いのが悲しいです。
一緒に見物に来ていた母親は、なぜ自分に当たらなかったのかと運命を恨んでいるんでしょうね。
早く意識が戻って回復に向かわれることを祈ります。
夏休みの子供の事故、もうこれ以上起きませんように。

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