障子を開けてみよ。外は広いぞ

自分の世界の中で好きな事をやっているのは心地よい。
誰からも干渉されずに、自分の思うままにできる。
しかし、それが長く続くと必ず閉塞感が漂ってくる。
自分だけの満足感なので、その満足感に広がりはないし、自分だけでモチベーションを維持しないといけないので、早晩誰でもそうなるものだろう。
私の模型製作の完成までの期間は、だんだんと長くなってきている。
以前ならば、研ぎ出しもしっかりしても、1週間で仕上げることも少なくはなかった。
しかし、現在は、最低でも3週間はかかっている。
平均的には1ヶ月が標準的な期間だ。
以前は、1週間で仕上げた事もあるが、だんだんと製作期間は長くなってきている。
普通ならば、スキルがあがって段取りになれてくれば、製作時間は少なくなり、結果として完成までの期間は短くなるものだ。
しかし、趣味の模型製作においては、だんだんと完成までの期間は長くなる傾向にある。
もちろん、だんだんとまとまった時間がとれなくなるとか、根気が長く続かなくて集中的に進められないとかいった、環境的年齢的制約が増えてきたという面もある。
だが、一番大きいのは妥協の度合いがだんだんと変化してきているからだと思う。
最初の頃は、シートの裏側もそのままが多かった。
インパネなど多少形状がおかしくても、色の塗りわけで済ましてきた。
レンズのクリアレッドやクリアーオレンジの塗装は、吹き付けではなく筆塗りでOKとしてきた。
しかし、今はそういうわけにはいかない。
やはり完成作品を見る人の目を常に意識している。
「自分の作品を人に見てもらうから恥ずかしい作品は出せない」とか、「人があそこまで作りこんでいるのだったら自分も負けることはできない」とか言った外からの刺激に負うところが大きい。
私のサイトに来ている人は、すでに自分以外の世界を見て刺激を受けたりしていると思うが、中にはネットは見ているが実社会では自分だけの世界で趣味を楽しんでいるという人も多いと思う。
それはそれで居心地もいいだろうし、それが良くない楽しみ方だなんて言うつもりは無い。
しかし、私の経験から言えば、その外からの刺激はけっこう楽しいし快感でもあるのだ。
ぜひ、そういう自分の世界だけで楽しんでいる人たちにはその刺激を経験して欲しいと思う。
ある人の言葉にいい言葉がある。
「障子を開けてみよ。外は広いぞ」
この言葉は、私にとって社会人としてのDNAの元と言ってもいい。
諸兄諸君、これは誰の言葉かわかるだろうか?

コメント

  1. Impressive より:

    織物を自動で織る機械を発明した浜松生まれの方の言葉ですよね。
    言いたい事をストレートに言わないで「ん?」と少し考えさせる。
    少し挑戦的な、少し遊び心のある、そんな素敵な日本語だなって思います。
    私があけた障子の外はかなり広かったです。
    その広さを感じて引き下がってしまうか、それともその広さに挑戦するか。
    広さを受け止める事が出来て、挑戦する気持ちを持つ事ができた自分。
    今振り返ると少し嬉しかったりします。
    深い言葉だけに自分の書いていることが的を得ているのかどうか・・・。
    相手に伝わるかどうか・・・。
    少し不安なImpressiveでした。

  2. Warachan より:

    最初は、このことばに結びつけるつもりはまったくなく、書いている途中でふと思い出した言葉です。
    ですので、私の文章はこの言葉に無理に結びつけているところがあります。
    少しずつ文章を推敲して修正していきたいと思います。
    実のところは、障子を開けるのにも勇気がいったりします。
    自分の知っている世界にいることが、けっこう心地よかったりすることもありますからね。
    そういう自分に、そこで満足していないでもっと外を見ろと後押ししてくれる言葉だったりもします。
    案外、今の自分に一番必要なことなのかも知れないなと思う私なのです。

  3. Warachan より:

    少し文章を書き直しました。