趣味のプラモデル

プラモデルを趣味としない世の中のほとんどの人から見れば、プラモデルというのは子供のおもちゃ的な意識しかないんだろうな。
残念なことではあるが、大人の趣味とは認められていないところがある。
木で帆船を作ったり、金属で鉄道模型を作ったりは、高尚さを少しは感じてもらえるようだが、クルマのプラモデルとなると高尚さどころか軽蔑的な目を向けられる時もあるほどだ。
でも、趣味というものはそういうものじゃないかと思う。
興味の無い人から見れば、「意味がない無駄な事」に見えるものだ。
そういう「意味がない無駄な」趣味はけっこう人生では大切なものだったりする。
趣味ではない生活では、自分が生きるために望むと望まないにかかわらず、いろんな努力や競争を求められる。
また、自分としても、社会での立場や貢献と言うものに価値を見出す部分もある。
そういう部分ではみんな本気モードで生きているのではないかと思う。
そんな本気モードの生活から一息ついて安楽モードで過ごせるのが趣味だと思う。
だから趣味はその人が安楽モードで過ごせればそれでいいのである。
趣味に意味や目的を言い出しても仕方がない。
ましてや、人との比較や人への押し付けなんかナンセンス。
個人の趣味に評論家はいらない。
クルマのプラモデル、どんな作り方をしようとどんな楽しみ方をしようと、人それぞれ十人十色でいいと思う。
何が言いたいかというと、たかが趣味のプラモデル製作にこうあるべきだとかの能書きは必要無いという事。
「自分はこうしている、それでこんなに楽しんでいる」
それだけでいいのだ。
それに対して、それは王道だの邪道だの言う事はまったく不毛。
もともと楽しむツボが異なっている価値観が同じになるわけが無い。
大事なのは、能書きや上手下手ではなくて、どれだけ安楽モードを楽しんでいるかという事ではないかと思う。
趣味は人生でとても大事なもの。
でも、たかがプラモデルなのだ。
プラモデルごときの製作の上手下手や薀蓄を語っても自慢にもならない。
自慢するなら、どれだけ自分はプラモデルを楽しんでいるかを自慢しよう。

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