世の中「賢い人間」と「賢くない人間」というのがいる。
もちろん、「賢い人間」というのは単純に知識があるとか勉強ができるとか仕事ができるとかいう人ではないのは、誰でもなんとなく知っている。
じゃあどういう人が「賢い人間」かというと、その考え方は人それぞれである。
昨日のTV番組、「たけしの日本教育白書」でも少し話題になっていたが、その中ではビートたけしやホリエモンが賢い人間というアンケート結果になっていた。
創造性や先進性ということを「賢い」と定義付けるならばそうかも知れない。
でも私はそういう人を見ても、「才能がある人間」とは思っても「賢い人間」だとは思ったことは無い。
「賢い人間」だなぁ~、と思うのは、その人の行動や発言が周りの人間にどういう影響を与えるかを、その人がよく考えているなぁ~と思った時である。
自分がこういう発言をしたら、相手はどう感じ、自分に対して今後その相手はどう接してくるかをきちんとわかっている人。
私は、そういう人を「賢い」と思う。
だからといって、自分の考えを偽って相手の顔色ばかり伺っているのは当然「賢い」とは感じない。
自分の考えや意見をきっちりと言う中で、そういう配慮が出来ている人を「賢い」と思うのだ。
世の中、自分の意見を主張するだけして、相手の感情がそれによってどう変化するかを読めない人が多い。
だから、争いが起きたり、愛想をつかしてしまったり、されたりということになる。
主張した方は、自分の意見を相手に伝えて理解させてすっきりとしているのかも知れないが、それによって心は離れていく事もある。
「言い合わない(議論しない)と理解し合えない」という意見もよく聞く。
それはビジネスの世界では私は激しく同意する。
しかし、ビジネス以外の関係ではあまり賛成しない。
ビジネス以外の世界では、相手を大事に思う、大切に思う気持ちを優先しないとうまくいかないものだ。
偉そうにこういう事を書いてはいるが、じゃあ自分は「賢い人間」かと問えばとてもそんな事は言えない。
どちらかといえば、相手の事を考える前に自分の意見を主張してしまう自分勝手なタイプだ。
要するに、典型的な「賢くない人間」である。
でも・・・
だからこそ、「賢い人間」に憧れ、「賢い人間」を求める。
「賢くない人間」は「賢い人間」には相手にされない事をわかりつつ。
賢い人間とそうでない人間
徒然の思い

コメント
賢い人
先日放送した、たけしと石原都知事との対談ビデオ録画しておいたのだけど、計算違いで尻切れとんぼ。。時間切れ直前に話していた、たけしの言葉がとても心にしみた。。。よく、わたしみたいな学の無い人間は、中学で学ぶ方程式は一生使わないじゃん!なんて言…