小学生の頃、学校が間にはいって教材の如く花の種や球根を販売していたことがありました。当時は学校にそういう業者が入り込んで父兄相手に商売していても、あまり目くじらをたてることは少なかったように思います。私が好んで親に買ってもらっていたのは、チューリップの球根でした。私は花というと派手な色をして大きな花がひとつ咲くものが好きでした。薄い色の花や小さいのがいくつも咲く花はどうしても地味な感じがして好きにはなれませんでした。
そういう好みは世の中を知るにつれて変化していきました。春を感じさせてくれる菜の花は無性に好きになったり、なんともいえない香りを放つ沈丁花や金木犀のような木の花も好きになりました。若い頃にはまったく美しさを感じなかった桜も、だんだんと年齢を重ねるにつれて景色を一変させる桜の魅力と美しさを感じるようになりました。
でも、やはり幼い頃チューリップに感じた気持ちを今でも感じたくなるときがあります。今日はチューリップ畑を見たくて「なばなの里」に行ってきました。広大な土地にきれいに花の色をわけて植え込まれた120万株のチューリップ。壮観で見事ではあったのですが、何か違うものも感じてしまいました。花には花の特性があります。チューリップは小さな庭に数本、私はチューリップですよと自己を主張して目立って咲くのがらしいのかなと。
他に好きになる花は増えても、私は死ぬまでチューリップという花を嫌いにならないでしょうね。私が自己主張の塊みたいな人間ですから。
チューリップ花畑
家族の話

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