背負うもの

先日も書きましたが、私は親子関係などでいろんなことを背負っています。自分の親に対してもいろいろと辛い出来事があり、自分の子供たちに対しても今思えば取り返しのつかない言動や行動をして、子供たちの心に大きな影響を与えたかも知れません。
私は不出来な男であり夫であり父親であって、自分の仕事の辛さを理由に、家族に感情であたりひどい事を言ってしまったり、ひどいときには妻に手をあげたこともあります。
その原因は、自分中心のものの考え方と、自分への甘さ。
今ならわかることですが、自分が辛いときには相手への影響など考えずにそういう自分勝手なところを出してしまっていました。
最初は子供たちは勉強もよくできて、楽しく学校に行っていたのに、いつの間にかいじめとか先生への不満を理由に、学校に行かなくなりました。それは、私がそういう態度を露骨に出すようになった頃と符合します。具体的には、家をあたらしく建て替えた頃、自分の昇格がかかって大変だった頃、そういう頃です。その結果、子供たちは普通の子供たちとは少し違う道を歩むことになってしまいました。
一度、親が子供に言ってしまった言動や行動は、そんなに深い意味をもって言ったわけではないのに、子供には心の奥深くに強く残ります。今も子供たちはそういう私の部分に嫌悪感を持ったり臆病になったりしています。それだけを見るとひどい親です。そう思われて当然です。
しかし、同じ年頃の子供達が悲しい事故や事件にあうニュースを見ると、自分の子供に重ねてしまいひどく胸が痛むのです。また、親というものは子供のためには死ねると言いますが、それは言い過ぎでも嘘でもありません。とっさの場合には、私は必ず子供をかばう行動ができると言い切る自信があります。
それなのに、自分の言動や行動のせいで子供の人生を変えてしまったかも知れないと思う後悔。そんなこと子供には面と向かって言いませんが、その事はいつも重く背中にのしかかります。一生、私は子供にどう思われてもかまわないのですが、子供たちの人生が幸せであるようにだけは、強く強く願います。
親子関係だけではなくいろんな関係も含めて、みんな多かれ少なかれ、そういう辛いものを背負って生きています。背負わせてしまったほうも、背負わされたほうも。
ただ言えることは、自分が幸せになることが、それを背負わせた人の荷物を軽減させるということ。その結果自分の背負ったものも軽くなると思いたいです。
重き荷物を背負う人たちへ。
君たちは他人の心がわかる選ばれし人。
荷物の中には辛い言葉や後悔がつまっているけど、
それは、あなたがそれをわかる人間になってほしいと授けられたもの。
きっといつかそれがふっと軽くなるときが来る。必ず来る。

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