この世の悲しみ

NHK大河ドラマは、20年ほど前まではよく見ていたと記憶しているのですが、最近はとんと見る事が少なくなりました。そんな中、今年の大河ドラマは私の大好きな仲間由紀恵が出ていることもあって、けっこう見ています。
今日は、仲間由紀恵扮する千代と一豊が娘よねを地震で失うという話。
親と幼い子供は、永遠の別れが突然来るなんてことを考えずに日々生きています。朝、子供が悪いことをしたら叱ったまま別れることもあります。夜も「疲れているから」と子供を冷たくあしらって寝ることもあります。それは、次に顔を合わすことができるという確信があるから、その時はそういう態度がとれるのです。
それが、突然の天災、突然の事故、突然の事件に巻き込まれて、二度と子供に会うことも話すこともできなくなったら・・・。
親の悲しみは「この世の悲しみ」というくらい大きなもので、なぜあんな態度をとってしまったのか、なぜ守れなかったのかという、悲しみと後悔と自責の念に苛まれるのです。
今日は、あの事故の女児の葬儀・告別式がありました。
父親の読む報道陣へのコメントは立派なものでした。私だったら、もっと情けない言葉を発し、情けない態度を見せてしまうでしょう。
今日も、全国で事故で何人もの方がなくなっています。
ひとつの命でさえ「この世の悲しみ」があり多くの涙がある、ということをいろんな人が自分のことのように感じ取ることができれば、愚かなな争いや正当化した人殺しなどなくなると思いたいです。
感動の涙はいくらでも流したいですが、悲しみの涙はあまり流したくありません。しかし、悲しみの涙を流さなければ人間は人の悲しみを理解できないというのも真実です。だから、日々の悲しい出来事を目を伏せて流してしまわないで、当事者にとっては「この世の悲しみ」なのだということを誰もが共有し得ることが大事なんだと思います。
ドラマやニュースでそういうことを心に滲み込ませたあとは、周りを陽気にさせるお笑い好きのチョイ悪オヤジに戻りましょう。

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