私がクルマの運転免許を取得したのは、1977年夏から年末にかけてのこと。自動車学校も行かずに、警察の運転免許試験場で仮免8回、実地1回の不合格を経て、長い時間をかけて手に入れたものです。
最初は若気の至りで何度もクルマをぶっ壊したり、反則キップのコレクションができたりと、かなり無茶をしていました。でも、1985年のネズミ捕りで捕捉されたのを最後に、それ以降は年間かなりの走行距離があるにもかかわらず、違反歴も事故歴も記録にありません。
そんな優良ドライバーになった理由はいくつかありますが、そのひとつに、無茶をしていた時期に何度死んでいてもおかしくない経験をしたということがあります。クルマの限界を超えたり道路状態が悪いと、クルマを止めようとしても止まらない状況になったり、ハンドルを切ってもいうこときかない状況になったりするのも経験してきました。
そういう経験から、クルマの一瞬の操作のミスによる怖さを身を持って知っていますので、酒の弱い私は少しでも飲酒したらクルマの運転はしません。もちろん、そういうのが知れたら会社で厳罰をうけるということも影響ないとは言いませんが、飲酒状態での運転が怖いというのが強いです。
ここに人の幅(30センチ程度でしょうか)の板があって、その板の下は、一度落ちたら助からない奈落の底だとします。長さは3メートルくらいで充分でしょう。
普通ならば、そのくらいの板ならば安心して渡る事ができるでしょう。
では、一般論として、お酒を飲んだらその板を渡れるでしょうか。
自分の命がかかっていたら、そういう少しでも危険の感じることは、自ら進んでしないのが普通です。もちろん、お酒が入っていて気が大きくなって「渡ってやるぞ!」という人もいるでしょう。でも、そういう状態で渡った結果はどうなるか私は知りません。
クルマの運転も同じではないかなと思います。
罰則が厳しいから飲酒運転はしない、ではなくて、飲酒運転は危険だからしない、という意識が広まらないと、飲酒運転はなくならないでしょう。
最近、巷で起きている飲酒運転による悲しい事故。
昨日もありました。
違反まで含めると毎日のようにニュースに載ります。
飲酒運転は、運転者やまわりの自覚で避けることができるものです。
公務員の処罰や、同乗者への罰則を厳しくという方向は、抑制策として必要なことだと思います。でも、それは意識を変えるというのには無力ですね。見つからなければ良いだろう、見つかったら運が悪いという風潮を高めるだけだと思います。
人間が飲酒したときの、運動能力、判断能力の低下をもっと理解させること、その能力低下がクルマの運転にどう影響を与えるか、その結果としてどれほど危険なことになるのかを理解させること、そういう教育や活動が必要だと私は思います。
それと、ハード側からも、アルコールを検知したらエンジンがかからないというような安全機能を、早くクルマに搭載するようにしないといけないのでしょうね・・・。
私は何度も言っていますが、クルマは楽しく便利なものです。
けっしてそれを、人間が凶器にしてはいけません。
酒を飲んだら、その板を渡れるか?
徒然の思い

コメント
自分も飲酒運転はしたことがありません。
友達の部屋で酒を飲んで、セガラリーというゲームをしたとき、飲酒時の反応の鈍さを経験したことが大きいと思います。
当時、近所のゲームセンターでトップタイムを出すぐらい得意なゲームだったので、コースの壁にぶつかったりする事がなかったのですが、飲酒状態で走ったら何度もぶつかり、かなりのショックをうけました。
1t以上ある鉄の塊を時速数十キロで動かす訳ですから、飲酒して反応が鈍くなった状態での運転は絶対していけない思いました。
Impressiveさん、こんばんは。
ゲームも、自分が飲酒時にどれだけ反応が低下しているかを知るいい物差しですね。しっかりしているようでも、飲酒時はいつもの自分じゃないのだときちんと自覚することが、一番大切なことなんですよね~。
Impressiveさんはちゃんと気付いていらっしゃって立派です。
事故は、自分も相手も周りも不幸にします。
あえて危険に足を踏み込むことはしないでほしいと思います。