飲酒運転といじめ

少し前までは、飲酒運転もいじめも、問題視する視点がずれていたように思います。
良いことではないが、特に悪いことではないのではないか。
そんなことはどこにでもあるし、誰でもやっていることだ。
そんな風潮の方が強かった気がします。
「そうじゃないだろう」と私はずっと思っていましたが、最近、痛ましい犠牲が続いたために、ようやくその視点は、徐々にではありますが正常な方向に向かってきました。
本当は、犠牲が出る前にきちんと手を打つことが大事なのですが、いろんな人と考えが存在する社会では、ひとつの方向に流れをもっていくことは容易ではないです。犠牲者が出ないと社会が正常な方向に向かないのは、悲しいことですし、愚かなことですが、それも仕方がないことなのかも知れません。
犠牲者は誰か、弱者は誰か、一番悲しい思いをするのは誰か、思考のベースとなるそういう基本の視点でさえ、何も無いときには忘れ去られてしまうものです。
以前、私が運営していた趣味のホームページの掲示板で、「いじめは虐められる側にも問題がある」と言われたことがあります。なぜ、そういう思考になるのか、私はまったく理解できなかったので、少し険悪なやりとりをしてしまったことがあります。
人がいやがること、人が迷惑をすることを故意にすることは「良くないこと」、人のいやがること、人が迷惑することを故意にする人は「良くない人」。それが当たり前のことなんじゃないかな。
少しずつ少しずつ、まともな方向に舵を切る社会。
その一方で、過去の過ちを繰り返す方向に切る舵もあります。
いろんな考えの人で成り立つ社会ですから仕方がないのですが、悲しい思いをする人が少なくなることは、誰も否定しないと思います。そういう物差しで物事を考えられたら、舵がどちらを向いていっても安心していられるのですけど。

コメント

  1. (匿名) より:

    いま(匿名)はMC特集のためにセリカを作っています。ほんとは共演拝見したかったのですが・・・。特集見てやってください。