懐かしいもの

来週、家の5年点検があるので、少し家の中を掃除しているのですが、押入れの中のダンボールを久しぶりに開けたりすると、懐かしいものが見つかったりします。
今日も、そんなダンボールを見つけてしまい、掃除の途中なのにこんな記事を書いているという次第なのです。
そのダンボールの中には・・・、
中学校から高校へかけての私の日記。
その頃に女の子から貰った手紙の束と、手編みの手袋などのプレゼント。
社会人になってから、今の奥さんがくれた手紙やメモ。
私は男のくせにこういうのを後生大事に残しておく性格ですが、この年齢まで持っていていったい何のためになるのか自分でも不思議な気持ちになります。
ppic20061007その中に混じって、私が高校生の頃に書いた詩や歌もありました。
1973年の日付が多いですね。1973年と言えば、私が15歳。ちょうど高校一年生の時です。
私は中学校までは、まぁまぁまともな明るい学生だったのですが、高校生になるととたんに劣等生になってしまい、暗い学生生活になってしまっていた頃です。なので、詩を書いたり曲を作ったりして、自分を慰めていたのかも知れません。
今思えばもったいない時間を過ごしていたと思えますし、何をくだらないことを真剣に思い悩んでいたのかと思えますが、その頃は小さなことでも人生そのもののことのように感じていたように思えます。まぁ、それが若いということでしょうし、誰もが通る道ではあるのでしょうが。
久しぶりに自分の書いた詩を読み、曲を見てみると、笑えてしまいます。内容もですが、才能の欠片もないことに。私は何かに夢中になっているときは、けっこう自分はその才能があると思い込む性質なのですが、そう思っていて人並み以上だったかなと思えるものは、過去で模型製作くらいしかなかったですね。ギターを弾いてもヨレヨレですし、文章書いても駄文ですし、私は芸術的才能は無い、と最近ようやく自覚しました。
こういうものが出てきて目を通していると、今までの自分の長い人生の「時」の向こうに行ってしまった「若い頃」が、つい昨日のように思えます。そして今の自分はその頃のままだと気付きます。
懐かしく振り返ることのできる「昔」、たまには戻って見るのも大切なことなのかも知れません。
たくましく生きたい    1973.5.22 (若かりし頃の)遊戯人
たくましく生きたい
たとえ人に バカと言われても
たとえ人に けなされても
ぼくは 自由に たくましく 生きたい
この広い世界の かたすみでも
人に知られぬ 小さなことでも
あとで思って たくましかったと
言える人生を あゆみたい
たくましく生きたい
たとえ人に 嫌われても
たとえ人に けなされても
ぼくは 正義を 愛したい たくましく
この広い世界の 小さなことでも
人のためだけの 小さなことでも
あとで思って たくましかったと
言える人生を あゆみたい
たくましい 人生を あゆみたい

「たくましい人生」って何だ?ってな感じではありますが、はたして私はこのように生きてこられたのでしょうか?

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