時が止まった

毎週、水曜日か木曜日に部下との定例ミーティングをします。
役員からの伝達事項を伝えたり、業務の進捗を確認したりします。
私も部下たちも年末で立て込んでいる仕事があるので、早く効率よく進めたいと思って、一通りの伝達事項を話ししたところで時間の確認のため、腕時計を見ました。
12時57分。
思わず、「ええっ!!??」と声を上げてしまいました。
13時からはじめたミーティングなのに、まだ13時にもなっていない。
一瞬、何が起きたのかわかりませんでしたが、すぐに私の腕時計だけ時が止まっていることに気付きました。
部下たちは、何事ですかと言った感じで問いかけてきます。
「いや、私の時が止まってしまったみたいなんだよ。」
「いいですね?。私も時が止まってほしいですよ。時間はいくらあっても足りませんからね。」
「このまま時が流れずに、永遠に時を使えればいいですね。」
「ついでに、私の命も永遠であってほしいな。」
なんて会話が和やかに進みます。
時計が止まるというのは電池がきれた時によくあることですが、ある時間で止まったままの時計というものには、何か神秘的なものを感じてしまいます。
それは「時」というものが、つかみ所がないものでありながら、実は人生そのものの存在だからだと思います。
過ぎてしまった大切な思い出、楽しい思い出。
あの時、こうすればよかった、ああすればよかったと思う後悔。
あの頃に戻れば、今度はこうしたいと思う回想と願い。
時が止まる、時が戻るということは、そういう思い出や後悔を取り戻せることを意味します。実際はあり得ないこととわかっていながら、いつもそういう思いを持ってしまう私がいます。
いつも流れるのが当たり前の時計が止まるだけで、その奇跡が起きたんじゃないかと錯覚し、遠い日を思いこれからの自分を想像してみたりします。たまには時計を止めてみて、時の流れを感じない空間を持つのも大切かもしれません。
・・・・・・・★
私の勤め先は明日で仕事納めですが、多くの人はすでに有給休暇を使って休みにはいっています。私も年内に片づけておくべき仕事にケリがつきましたので、明日は休みとしました。
まだ書いていない年賀状を作り、やり残した片付けなどをして、新年を迎える準備をしながら、ゆったりと今年の最後を過ごしたいと思います。

コメント

  1. (匿名) より:

    良いお年を