マイペース「東京」の真実

マイペースの「東京」という歌のことをここで書いたことがあります。
今日発売だった「青春のうた」25号。その中にこの歌の作詞・作曲をした森田貢氏のインタビュー記事がありました。
その記事によりますと、森田氏とその友人と3人は秋田出身で、一旗上げようとまずは日本の真ん中を攻めようと岐阜に出てきました。その時に森田氏が付き合っていた彼女は、森田氏が岐阜に行くならば私は東京に行くということになって、森田氏が岐阜、彼女が東京に住むことになったそうです。
 ♪最終電車で君にさよなら
という出だしのフレーズは、名古屋に帰る森田氏の心情そのままだったようです。私は、この歌はまさか新幹線とは思ってもいませんでした。今の状況ならば私の思い出も含めて新幹線での別れが一番しっくり来ますが、1970年代半ばの当時は新幹線恋愛というものは珍しかったし、歌詞が在来線の雰囲気をかもし出していましたので、この歌の舞台は東京とその近辺の町で起きている出来事のように思い込んでいました。
だから、東京という町、その近辺の町は楽しそうだ、いろんなことがあるところだ、と思って憧れていたのですが、今回森田氏の実話を聞くと、地方に住んでいるからこそ書けた歌であり、地方に住む私だからこそ心揺らされて憧れたのかもと思ってしまいました。
この歌は1974年発表ですので、実に33年も昔の歌です。33年の月日を経てからその歌の裏話を知ることができるというのは、なにか嬉しい気分になれます。自分の思い出の歌が世の中で忘れ去られていないという嬉しさ、いまなお新しい発見ができる嬉しさ、そして自分はいつまでもその時のままだという嬉しさ。
やはり若い頃は、いろんなものを聴いて、いろんなものを見て、いろんな経験をして、たくさんの思い出を作っておくべきだと思いますね。それが年齢を経てからの心の充実さになるような気がします。なんでもいいから夢中になれる。そういう気持ちは今もこれからも持ち続けたいと思う私です。
 ♪何も思わずに電車に飛びのり
 ♪君の東京へ東京へと出かけました
 ♪いつもいつでも夢と希望をもって
 ♪君は東京で生きていました

コメント

  1. (匿名) より:

    わたしは九州の出身ですが1990年、就職で関東へ出てきました。もう17年になります。
    7日に新幹線を途中下車して名古屋で一泊、翌日トヨタ博物館を見学してきました。地元にはこういった大きな自動車博物館がないので、とても楽しめました。トヨタ7ターボが最も印象に残りました。
    企画展を拝見し、この趣味を続けていこうとあらためて思いました。会場の車すべて1/24スケールモデル化したい位です。どこまで出来るかわかりませんが。
    滞在中に食べた「ひつまぶし」かなりハマりました。だし汁ひとつで、ここまで印象変わるのですね。

  2. 遊戯人 より:

    匿名さん、天候が悪かったですが、無事名古屋を楽しんでいただけたようですね。良かった、良かった。トヨタ博物館はちょうどプラモデル展をしていたので、楽しめたのではないでしょうか。ぜひモデル化挑戦していただきたいですね。(^.^)

  3. (匿名) より:

    度々すみません。先ほど(匿名)氏宅へ、暮れに依頼されていた
    レジンパーツを納品してきたところです。 博物館で撮影してきたプラモデルの完成写真を見ながら小一時間、今後の特集
    企画について語り合いました。展示品はアメ車が多かったのですが中には永大1/24の初代シビックやブルU,ナガノ製
    コスモスポーツ、イマイのポルシェ912といった日本製の模型
    にもいくつかの懐かしいものがありました。和工樹脂製1/25ダットサンスポーツにはびっくりしました。しかも未開封品!
    1959製なので、もうすぐ半世紀前の製品ということになります。これが見れただけでも行った価値がありました。長くなってすみません。