自分の手で殴ったり、刃物などで傷つけたりして、人の命を奪ったなら、自分が人を殺したということを強く感じるでしょう。
でも、クルマを運転していて人の命を奪ったとしたら、そこまでの気持ちにならないのが実際のところだと思います。
「相手にも落ち度はある。」
「悪い偶然が重なった。」
「自分は人の命を奪うつもりはなかった。」
などなど、言い訳や自己保身が強く出てきます。
それが悪いとか良いとかは私なんぞが語れることではありません。
ただ、奪われた命に変わりはないということ。
その命を心から大切に愛していた人がいるということ。
愛する人を奪われた悲しみに差はありません。
大事なのは、そういうことを思っていること。
けっして、運や仕方がなかったですませてはいけないことだと思うのです。だから、クルマを運転するときは充分注意をしないといけない。クルマはおもちゃではありません。昔からよく言われていますが、走ればひとつの凶器なのです。それをそうさせないようにするのが、運転手なのです。運転手はその大きな責任を負っているのです。それを忘れてはいけません。
いつも、被害者の立場で考える。
映画「0(ゼロ)からの風」もそうでした。そして今夜放送されていた
片山隼君の命の報道ドラマもそうでした。そういうメッセージを強く感じます。被害者が悲しみの中で苦しみながら戦うなんておかしいのです。被害者を優しく包み、起こった事を真摯にうけとり再発を防ぐ社会。そして、被害者のことを想像しみんなが安全に心を配る社会。
近づきたいと思いますが、残念なことに理想は遠いですね。
♪近づきたいよ、君の理想に・・・
・・・・・・・★
世間は三連休が続いていますが、私は先週も今週も仕事です。
近づきたいが、理想は遠し
テレビ番組

コメント