よく、命の重さに変わりはない、と言う。
客観的に見れば、それは正解。
命を奪うということは、二度と甦らせることはできないし、取り返しのつかないことという意味では違いはない。
しかし、個々人にしてみれば、命に重い軽いは歴然と存在する。
ニュースを見て、毎日人が事故や事件で亡くなっている。
それを目にして、可哀想だとか、酷いとか思っても、涙し泣き叫び悲しむ人などいない。
そのニュースの中の人の死と、自分の親や子供の死を同列に考える人などいるはずがない。
個人にとっては、大事な命と、そうでない命があることは、認めざるを得ない事実だ。
だからこそ、ひとつひとつの命を大切にしなければいけないのだと思う。
どんな命にも、その命を大切に思っている人がいる。
将来、大切に思うだろう人ができる。
そういうことを知り、そういうことを想像できることが、本当に命の重さを知るということなんじゃないかと私は思う。
理想論、一般論では何も変わらない。
具体的なこと現実的なことで、物事を考えないときちんと教え伝わらない。
女の子を刺した人間はそういうことを一瞬でも考えなかったのだろうか。
少しでもいいから考えてほしかった。
人には、死は必ず訪れる。
どんな死も悲しい。
深くつらい悲しみだけど、せめてその中に憎しみが入り込まない死でなければ救われない。
末娘と同じ歳の女の子が殺されたニュースを見て、そんなことを思った。
命の重さに違いはある。
徒然の思い

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