デパ嬢。
名古屋嬢ではございません。
私はこのデパ嬢と付き合い始めてもう何年になるでしょう。
2002年か2003年頃ですので、かれこれ6、7年ですね。
ん・・・・まだ6、7年?
そんなふうに思えるくらい、もう長い長い付き合いのような気がします。
私、かなり以前から、観覧車やロープウェイに乗るのが嫌いになってきたのです。
あの閉じた空間で、しかも高いところで、10分以上逃げ出すことができずに我慢しなくてはいけない。
卒倒しそうな自分と闘うことで精一杯で、景色や会話を楽しむ余裕なんてまったくなくなって、苦痛でしかなくなっちゃったんです。
高速道路での運転もそう。
若い頃は、運転が好きで楽しいという気持ちがすべてを上回っていたのに、ある時期から、緊張感を通り過ぎて卒倒するような不安感を抱くようになってしまったのです。ましてや渋滞なんかにはまろうものならば、動けないという感覚が余計にその不快な気持ちを高めてしまうのです。
大好きな電車もそうなってしまいました。
学生時代は、2時間のラッシュの通勤電車も楽しくて仕方がなかったのですが、今は乗る前に緊張感・不安感が襲い、乗らなければいけない電車に乗るために、自分の中でかなりの闘いを必要としてしまうのです。
そしてとうとう、仕事にも・・・
退出が許されない重要な会議。自分が事務局で先が見える場合はなんともないのですが、そうではない会議は自分が発言を求められるものでなくても、卒倒するような緊張感に襲われてしまうのです。
そうなれば、会議の内容は二の次。人に知られず自分との闘いをしているわけです。
自分との闘いも、手や脚をつねったりして、気持ちを別な方向に持って行って平穏にしようとするわけでして、終わったら太腿の横が内出血で変色しているということもしばしばでした。その闘いもずっと続くわけではなくて、あるところまで闘うと、その不安感がすっと消えて落ち着けるのです。
でも、その闘いが苦痛で、そういう場に自分の身を置くことにだんだんと臆病になっていったわけです。そんな時に、勤務先で昇格して、社長からの辞令交付式に出席しなくちゃいけない状況になって、さすがにそういう場で卒倒することと闘い自分を静めるだけの強さはなくて、とうとう医者に相談することにしたのです。
「あなたみたいな人けっこういますよ。そういう時の特効薬あるんですよ。」
「特効薬っていっても、催眠術みたいに信じて飲まないと効かないでしょ?」
「大丈夫。騙されたと思って飲んでみなさい。」
それがデパ嬢とのはじめての出会い。
それからはいつもデパ嬢と一緒の暮らしが始まったわけです。
最初は、何かあるときには必ずデパ嬢を口に入れ、まるでおなじないのような感じで使っていました。でも使うと、あえておかしな不安を頭に描いて緊張感を高めても、飲まない場合の時のような自分との闘いが起きないのですよね。それは感動モノでした。何年もこれで苦しんできたのに、こんな魔法のような薬があったんだぁ、もっと早くデパ嬢に出逢っていればよかったとまで思いました。
不安症、閉所恐怖症、高所恐怖症、パニック障害、症状によっていろんな呼び方がありますが、私の場合は、このデパ嬢でこれらの症状をかなり抑えたり緩和したりできて、私とデパ嬢の相性は抜群に良かったようです。
そんなデパ嬢でしたが、最近、あまり顔をあわせなくなってきています。ぶらりひとり旅も初期の頃はデパ嬢とのふたり旅でしたが、最近はデパ嬢がそばにいることが少なくなってきました。仕事での重要会議もデパ嬢同伴でなくても大丈夫ですし、高速道路のひとり運転時の渋滞にも最近遭遇しましたが、軽い不安感のみでデパ嬢の登場はありませんでした。
だからといって、デパ嬢との付き合いが終了ということは考えられず、デパ嬢とは結局、一生添い遂げないといけないだろうなと思っています。いつでも呼べば来てくれるというだけで安心。そんな感じですかねぇ。

デパ嬢のことばかり書いたので、毎日必ず朝には顔をあわす、アムロ嬢とミカ嬢が怖い顔で私を睨んでおりました。アムロ嬢とミカ嬢のお話はまたの機会に。


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