東日本大震災での犠牲者が、死者12,000人以上、行方不明者15,000人以上、建物被害は40,000戸以上。
そして、この震災が誘発した原発事故と、その放射能被害に苦しむ近隣住民と停電の不自由を強いられる人々。
そんな中で、不謹慎だとの批判覚悟で・・・
日本は、原発の政策だけではなく、医療にしたって福祉にしたって、「誰のために行うのか」という視点がボケているんじゃないかと思う事が多かった。医療は患者のため、福祉は高齢者や障がい者のため、それを第一で考えるべきなのに、国の都合や企業の都合が優先されているのではと思う事、しばしば。
原発の安全に対する危機管理は近隣住民のためのはずなのに、それが今回何も考えられていなくて、企業や役人や専門家の理屈だけで判断されてきていたことが露呈した。放射線物質が外部に漏れた場合の付近住民への対応やより良い安全策への改良は、それまでの安全対策を否定するということで何も実行されてこなかった。万一、そういう動きをしようものならば、それは原発が安全ではないということを認めることになるからと横槍が入る。その考えの中に付近住民を守るという思想は感じられない。先日、原子力保安院や原子力安全委員会のトップが、原発の電源喪失時の認識の甘さを反省すると言っていたが、本当に今後はその反省を忘れずに、万一の想定をもっと深く考えて住民のことを優先に考える方向に向かってほしい。
津波にしてもそう。子供を守るという考えの町は、小中学校、高校を高台に作っており、今回の津波での子供の被害はほとんどなかった。ある町では、前の町長が、江戸時代に15m級の津波があったという言い伝えがあるからと言って、15mの高さの防波堤を反対を押し切って建設した。その町は今回の津波被害を最小限に抑えた。自分の退職金で高台に避難所を作った人もいた。人からバカにされようが、もしもの場合に町の人を救いたいとの考えからの行動だったらしい。ある小学校では、逃げる場合に遠回りになるからと言って二階から脇の道路への避難路の建設に尽力した人もいた。それらに共通するのは、何かあれば子供たちや住民をどうすれば守れるかといった強い思いだ。その思いが自治体全体に広がり、住民を守るためには何をすればいいかという事を考えるようになってほしい。その答えは立派な公民館や道路ではないということはすぐにわかる。その思いをきちんと示すことができれば、税金を使うことも住民は納得するはずだ。
そして、被害の広がりとして実感した電力不足と企業活動への影響の大きさ。日本はどこかが被害を受けると、自分達の生活に影響するということをあらためて知った。当然のことであるが、普段はそのことを忘れている。関東の方々は、関東の電力が、関東電力管内ではないところ(福島、新潟)に原発があることを知り、その場所の住民の危険の上で日本で一番多くの電力を使っていたことも知ったはず。日本の経済を担う製造業も、活動を停止せざるを得ない状況になり、この影響はじわじわと日本の活力や競争力を奪い、それが自分の生活にも影響してくることを知ることになるだろう。農業を守るために企業の国際競争力をそぐという政策を推進してきた政治家の方々は、今の状況をその施策の未来だという目で考えて欲しいと思う。儲かっている企業のお金を復興に使えという話もたまに耳にする。もちろん企業もその力があれば長期的に復興支援をしていくけれども、企業が世界で儲けることができることを国民みんなが支援していかなくては、そんなことを言う資格もないし企業もその声に応えることはできない。
復興のための膨大なお金も今後必要であり、そのためには、日本の予算の配分を大きく見直す必要もでてきた。増税も必要かもしれないし、急ぐ必要のない予算を凍結することも不可欠だ。ねじれでごたごたしていた政治も、与野党協力が必須となってくる。バカバカしい政争ばかりしていると、こういう状況に日本が陥った場合に何もできないのだという現実を直視して、国民を守る政治をしていってほしい。国民を守るためという目的が同じならば、政党としての思想や方法論が違っていても、きちんとした議論ができるはずだし、お金の使い道ももう少し変わってくるだろう。政治家や役人は、自分たちの権力や権限や面子を守るためではなく、国民を守るためにいるということをもう一度再認識してほしい。
こういうことを勉強するにはあまりにも大きな犠牲と損失。
しかし、だからこそ、何かを得て何かが変わらなければ、あまりにもその犠牲は悲しすぎる。
犠牲が大きかったからこそ、被害を被った人々が多いからこそ、考え方の変化を実現できる力は大きい。
不謹慎だが、今こそ、日本が本来の考え方に戻る大きなチャンスだと私は思う。
ある自動車会社は、リーマンショックでパンチを喰らい、品質問題でパンチを喰らい、そして今、東日本大震災で生産ができないというパンチを喰らいKO寸前である。しかし、これらのパンチがなければ、病気に気づかなかったかも知れない。病気に気づかなければ、その方が将来的には大変なことになっていたと思う。気づかないことに気づき、必要な治療をすることができれば、今の状況から立ち直るだけではなく、より強靭で社員のための企業になるはず。
以上が私の期待。
不謹慎ながらも、私の期待
徒然の思い

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