安らかに・・・

今日は、スーちゃんの告別式でした・・・
キャンディーズと同じ年代を過ごし、キャンディーズに影響を受けた人ならば、男女問わず今回のスーちゃんの訃報はショックだったようです。もちろん、私もそのひとりですが。
告別式で流された、スーちゃんの声を搾り出すような肉声メッセージには泣いてしまいました。
20年も人知れずにがんと闘ってきたということも私にはできませんが、死を悟った時にあんなコメントを残す強さなんてとてもとてもありません。ランちゃんが、「3人のなかで一番甘えん坊だったスーさんが一番頼もしくなっているのに驚かされました」と言っているように、とても強くて優しい人だったのですね。今でも、スタッフや共演者の前でキャンディーズの歌を披露していたという話を聞いて、ファン思いなんだなぁ、何より、キャンディーズの一員だったことが楽しい思い出となっていたのだなぁと知りました。亡くなられてからこんなこと知ったなんて、キャンディーズファン失格ですね・・・
あらためて、Youtubeでキャンディーズの動画を見たり、持っているキャンディーズの思い出などに接していると、いかにキャンディーズが大きな存在だったんだなぁということを思い知らされます。可愛らしさ、素直さ、抜群の歌唱力、そして、コントで見せるおちゃめなところ。それを見ていた頃の自分はそんなキャンディーズに元気をもらっていたように思います。大学受験を失敗した春に流れていた「春一番」。今でもその歌を聴くと、春が来なかった自分にとっては辛かった歌だったにもかかわらず、翌年は必ず合格して「重いコート脱いで出かけるぞ!」という力をもらっていたことを思い出します。
キャンディーズが、一生懸命努力して駆け抜けた1973年から1978年。
私はちょうど、高校1年から大学2年。勉強や恋愛に悩んでいた多感な時代でした。
安らかに、スーちゃん。



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◆スーちゃん肉声メッセージ(全文)
こんにちは、田中好子です。
今日は3月29日、東日本大震災から2週間経ちました。
被災された皆様のことを思うと心が破裂するような、破裂するように痛み、ただただ亡くなられた方々のご冥福をお祈りするばかりです。
私も一生懸命病気と闘ってきましたが、もしかすると負けてしまうかもしれません。
でもそのときは、必ず天国で被災された方のお役に立ちたいと思います。
それが私の務めと思っています。
今日お集まりいただいている皆様にお礼を伝えたくて、このテープを託します。
キャンディーズでデビューして以来、本当に長い間お世話になりました。
幸せな、幸せな人生でした。
心の底から感謝しています。
特にランさん、ミキさん、ありがとう。
二人が大好きでした。
映画にもっと出たかった。
テレビでもっと演じたかった。
もっともっと女優を続けたかった。
お礼の言葉をいつまでもいつまでも皆様に伝えたいのですが、息苦しくなってきました。
いつの日か、妹、夏目雅子のように、支えて下さった皆様に、社会に、少しでも恩返しができるように復活したいと思っています。
かずさん、よろしくね。
その日まで、さようなら。

◆ランちゃんの弔辞(全文)
スーさん、あなたが旅立つとき、一人で寂しくないようにミキさんと一緒にあなたの名前を何度も呼びました。
私たちの声はちゃんと届いていましたか?
時間が経つほどに大切な人を失った悲しみと寂しさがこみあげてきて、今、私たちはとても困惑しています。
お互いにまだ幼い中学生だった頃に出会い、キャンディーズというグループを通して喜びも苦しみも共に分かちあい、すばらしい青春時代を過ごすことができました。
スーさんはいつも春のように優しい微笑みで私たちを包み、和ませてくれましたね。
その後の女優としての活躍はいうまでもなく、いい仕事をたくさんして、多くの人たちに感動を与えてくれました。
体のことを打ち明けられたときは、「なぜスーさんが」と、悔しい気持ちで一杯でした。
本当は辛いはずなのに、いつも三人で会うときは「笑うことが一番の薬なのよ」と言って、明るく楽しい時間を過ごし、反対に私たちの方が励まされていたような気がします。
三人の中では一番年下で甘えん坊だったスーさんが、いつの間に、強く、頼もしく、心豊かな女性になっていたことに驚かされました。
お見舞いに行ったときも、体調が思わしくないにもかかわらず、私たちを気遣い、いつものようにユーモアを忘れない、本当にかわいいスーさんでしたね。
愛情一杯のご主人、一雄さんや、スーさんが一番気にかけていたお父さん、お姉さん、そのご家族、そして、いつも側に寄り添っていたマネジャーの丸尾さんの気持ちを思うと、とても胸が痛みます。
私たちはみんな、大好きなあなたの笑顔を、そして最後まで病気と闘い、立派に生き抜いたその勇気を決して忘れることはありません。
それを支えに、何とか頑張って生きていかなければと、自分に言い聞かせています。
どうぞ私たちのことを見守っていてくださいね。
ただ、もう一度だけでいいから、三人で会いたかったです。
約束していたのに果たされなかったのが残念でなりません。
だから今はまだ、「さよなら」は言わずにおきますね。
いつか会えるときまで、もう少しだけ待っててね。
これからは今までの心配や不安から解き放たれて、どうかゆっくり休んでほしいと思います。
ミキさんと私にとって、いつまでも特別な存在のスーさん。
心から感謝しています。
ありがとう、スーさん。
ずっとずっと愛しています。
平成23年4月25日 伊藤蘭。

◆ミキちゃんの弔辞(全文)
スーさん、何でそんなに早く逝っちゃったの?
おばあさんになるまで恒例の集合写真をたくさん撮りたかったのに。
今度から、ランさんと豊さんと三人だけで、スーさんがいないなんて寂しいよ。
数年前、スーさんからがんと聞かされたときは本当にショックでした。
でも、「信頼できるお医者様が付いているから、大丈夫」と言って、そのことを前向きに受け止めていて、私たちを一時、安心させてくれましたね。
その後も会うたびに変わらぬ笑顔で、いつも決まって深夜遅くまでお菓子を食べ、お茶を飲みながらおしゃべりをしたよね。
心から楽しかった。
三人プラス豊さんとのあの場、あの時をずっと忘れないよ。
家族や周りの人には心配を掛けたくないとの思いで、病気のことを隠して必死に走り続けた数年間、本当によく頑張りましたね。
スーさんのことだから、すごく辛いときにも優しい心配りで周りの人たちを和やかにさせ、その場の雰囲気をぱあっと明るく変えたのではないかと想像できます。
最後まで頑張り通したスーさん。
惜しくも亡くなる当日も、本当によく頑張ってくれましたね。
ありがとう。
私もランさんももう間に合わないかと思ったけど、三人がそろってからのあの数時間は奇跡でした。
いつもなら絶対に集まることが不可能な親族も、みんなが勢揃いし、スーさんを取り囲んでお話をしたり、代わる代わる声をかけたり、手をさすったりしました。
その柔らかい手の感触を今でも思い出します。
スーさんは一足先に天国に行ってしまうけど、天国はそれはそれは素晴らしいところらしいですね。
スーさん、どうですか?
おばあちゃんとおじいちゃん、かずちゃんやお母さん、雅子ちゃんにも会えましたか?
神様は、この世のお役目を果たした人をそちらへ呼んでしまうようです。
スーさんはもうお許しが出たのですね。
これは神様からのプレゼントだってこと。
新たな命をいただいて、そちらで幸せに暮らして下さい。
どうやら私たちは神様からお許しがまだ出ないので、スーさんの分まで明るく前向きに一生懸命、誠実に一日一日を生きます。
私たちもいずれそちらに行きますので、それまで待っていてね。
また三人で歌いましょう。
本当にキャンディーズは楽しかった。
本当に私たちはスーさんと出会えて幸せでした。
私たちは永遠にキャンディーズだからね。
お揃いのものも大切にするよ。
ありがとう、スーさん。
愛してるよ。
平成23年4月25日 美樹。

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