親というのはとても難しいですね。
特にいろいろと自分で考えるようになったり、世の中や人の言動に違和感を感じたりし出すと、親には理解できない行動でそのシグナルを出すみたいです。
そういう疑問や悩みもわからないではないですが、とにかくやらなければならないことだけは責任を持ってやるというのが大人の世界です。
子供にはそういうところも理解がなかなか難しいのかも知れません。
今の親の理想像ってどんなのでしょうね。
NHKの教育番組をたまに子供と見ていても、姉妹で姉の大切なおもちゃを妹が使いたいというのを、妹に貸してあげるのが当たり前で貸してあげないのはよくないと親が姉に注意したりとか、「とっとこハム太郎」をみていても子供がテストの点をうそついていても、しからずに「なんだそうだったのか」ですましたり、テレビ番組でもわけのわからない親が出てきます。
私からみれば、よっぽど「クレヨンしんちゃん」や「のび太」の親の方が親らしく見えます。
最近も訳あって中学校の先生と少し教育について話をしましたが、生徒が良いことをしたらほめてあげる活動をしているとか。
それはそれですばらしい主旨であると思いますが、その内容が、「挨拶をしたらほめてあげよう」とか、「ごみをゴミ箱に捨てたらほめてあげよう」とからしいのです。
しかも自己申告制もありで。
そうすると生徒は先生の前だけ「良い子」になっているし、それ以前に、挨拶とか、ごみを捨てるなんて当たり前のことでほめてあげることじゃないと私は思ったりします。
なぜ、そういうことをしなければいけないのかという本質を教えることが、すべてにおいてすこっと抜けている気がします。
親が子供に教えないといけないのか、何を態度で示して一人前の人間にして行かなくてはいけないのか、真剣に考えて真剣に対応しても、その基本はよく理解しているようではあっても、やはり反発心というものは年頃になると出てきて、すべて思うようにならない。
たぶん、わかってはいるのだろうけど、素直に理解できないのかも。
思い起こせば、自分の子供の頃もよく悪いことや、人の道に外れたことをすると親にこっぴどくしかられました。
でも、それを素直に反省することもあれば、大人だってやっているじゃないかと反発して、よけいに親を困らせるという行動に走ったこともあります。
今、子供にうるさく言うことによって、いずれは成長してその趣旨を理解してくれると信じてはいるものの、その過程ではいろいろと苦労が絶えません。
それが、「子供を育てる」、「親になる」ということなんでしょうね。
ほおっておいても、子供は大人になるという考えもあります。
しかし、それは大人という手本があってのこと。
大きくなっただけの子供じゃ仕方がないですからね。
子供の手本になる大人、難しいですよね・・・。
・・・・・・★
今日も、会社に着くなりいらだたしさが爆発。
良くないこととはわかっていながら、くやしい感情を抑えきれない未熟さ。
仕事は任された責任、きちんと仕上げないといけない。
しかし、それ以上に子供や家族が大事。
わかっているけど、「なぜこんなに家族ともコミュニケーションがとれないほど忙しいのだ」という気持ちと、「なぜ、仕事に専念できるようにきちんとしてくれないんだ」という両者への憤りが整理できないのです。
なんだかんだとえらそうに言っても、私はまだまだそんな人間なのです・・・。
親と子供
「気まぐれ日記」(2001/5~2005/7)

コメント