なぜ人を殺してはいけないのか?

ずっと前の日記に、ある大学が「なぜ人を殺してはいけないのかを述べよ」という問題を出したということを書いたことがあります。
今日もあるニュースで、ある事件の犯人の「なぜ人を殺してはいけないのか?」という問いかけに社会は答える事ができていないということを話題にしていました。
文字はいろいろと変えたりして直接的な雰囲気はそらしていますが、「死ね」とかいうことを平気でネットに書いたりしているのを見たりもします。
ひどいときは言われたりもします。
子供の間でも、「死ね」という言い合いは日常茶飯事とも聞きます。
逆に、自分たちから命を絶つという一種の軽さも感じられます。
「なぜ人を殺してはいけないのか?」
私なりのその答え(正解かどうか、人を説得できるかどうかはわかりませんが)はありますが、その答えがわからない人が多くなってきているのでしょうか。
だから、大人が子供にもそれを伝えられないのかも知れませんね。
偉そうなこと言っても、例えば自分の子供を殺されれば、私がその犯人を殺せる機会があればきっとその犯人を殺すでしょう。
本来は、そういう復讐も、死刑もいけないのかも知れませんが、私は人を殺しても良いと思う理由は、自分の愛する人を殺された強い憎しみと深い悲しみだけだと思っています。
だからこそ、人は人を殺してはいけないのじゃないでしょうか。
人にはその人を愛する人が必ずいると思いますからね。
安易に「死ね」なんて言わないようにしたいですね。
安易に「死ぬ」なんて言わないようにしたいですね。
死ねば、愛する人と二度と会えないし話もできない、何もない「無」になってしまうという重みを感じたいとあらためて思います。
私もいろんなところでいろいろと言われたりするものですから、一度そういうことを考えて欲しいなと思って書きました。
でも、そういうことを書く人はこの日記など見ないでしょうし、見てもわかってもらえないのでしょうね・・・。
・・・・・・★
今日は仕事はけっこう頭がまわって的確にまわすことができました。
こういう日は機嫌が良いはずなのですが、なかなかその機嫌を害するものはなくなりません。
私が短気すぎるのがいけないんでしょうが、なんだかな~という感じですね。
ちょいと疲れた一日でした。
ってな訳で(どんな訳やっちゅうの!)なかなか模型作りの時間がとれませんね~(^_^;)
しかし、あせらずマイペース、マイペース!(^_^)

コメント