今日は仕事始め。
でも、昨年からのモチベーション低下を引きずっています。
昨年からの継続だけではなく、この正月休みもいろいろとあって、そのせいもあるんですけどね。
その原因ではないのですが、気持ちが落ち込んでいるときはいろんなことを思うという事例をひとつ。
1月4日に伊勢神宮に初詣に行ってきました。
実家から外宮(参拝者の会話を聞いていると、相変わらず「げぐう」と言っている人の多いこと。「げくう」ですよ。)に行くのに、いつもは伊勢街道を使うのですが、今年は早く伊勢に着きたかったので、伊勢自動車道で行ってみたのですが、1月5日までは伊勢西IC、伊勢ICとも出ることができないんですね。鳥羽の方まで強制的に行かされてシャトルバスに乗れということみたいなんです。初めて知りました。というより、その案内は伊勢西ICの手前にあるだけで、伊勢西ICに行くまでわからないんですよ。その前の玉城IC前に案内を出しておくべきじゃないかと思うんですけどね。
遠くまで行かされて、一般道から伊勢市街地に戻り、外宮、内宮とマイカーでなんとか例年通り回れたのですが、内宮の駐車場は、いつも正月は有料になるんですよね。しかも、五十鈴川河川とか、県営総合競技場の駐車場という、かなり遠いところに誘導されちゃうんです。私の両親みたいな足の弱い年寄りには辛いところがあります。でも仕方ないと思います。1500円を払って遠い駐車場に止めて歩きました。
でもねぇ。
駐車場の係員、もう少しどうにかならないのでしょうかねぇ。
奥まで行きすぎて戻りたいので、駐車場で係員に「Uターンさせて」と断ってUターンしていたのに、「あのクルマ、お金払った?」という他の係員の声。
止めたい駐車場の中を見たらかなりの台数分空いていたので入ろうとしたら、入り口の係員が、「もういっぱいです。」「あそこ空いていますよ。」「いえ前のクルマでいっぱいです。入ってもあなたのクルマは止められません。」という会話。「いえ空いています。」と言って無理に入れてもらったら、余裕で空いている。しかも、「あなたのクルマは止められない」と言われたにもかかわらず、中の係員は止められないと言われたことなんか気にもせず、当然のようにお金を取りに来る。
その駐車場の奥に止めようとしたが、上に木が覆いかぶさっていたので、樹液がおちるのを避けて別の場所に入れなおそうとしたら、係の人が急にクルマの前に飛び出してきて、「逆から入ってきてはいけません!」と怒鳴ります。「今お金払ったじゃないですか。そこに止めていたのを移動しただけで、逆走して無理に入ってきたものじゃないです。」と説明。そうしたら、「私は決められたことを守っているだけ。あなたが反対側から来たから止めた。何も悪くない。」なんてことを言うんです。
そうでしょうけど・・・天下の伊勢神宮の初詣の駐車場ですよね。
もう少し、暖かい態度や言動できないんでしょうか。
あきらかに、ここの駐車場の係の方は、一部のルールを守らないドライバーのせいで、ドライバー全体に敵対心を持っていることがひしひしと伝わってきます。そういう気持ちわからないでもないです。でも、大半はルールを守る善良なドライバーです。
初詣で人を疑うような言動を繰り返し聞くと気持ちが滅入ります。
それで仕事をしっかりしていればまだしも、近い場所が空いているにもかかわらず、それをリアルタイムに確認しようともせずに、奥の遠い駐車場に送れば楽とばかりに奥に誘導していますしね。
この駐車場の係員も、先に書いた伊勢自動車道の案内の配慮も、初詣に来る参拝客をできる限り気持ちよく参拝できるようにもてなすなんてこと、微塵も感じられませんよね。そんなこと、期待するほうがおかしいのでしょうか。いくら立派な神宮でも、なんだか、上から目線の態度で参拝させてやっているというようにも感じてしまいます。
しかも、1月4日は、政治家の皆さんの参拝のおかげで、一般参拝客は長く待たされ、内宮では表参道から帰るという逆走を強いていましたし。駐車場の逆走にはあんなにムキになるのに、参拝は簡単に都合で逆走(歩ですが)させてます。(もちろん半分冗談。駐車場とは安全面での違いはありますから、同列で比較することじゃないです。)
でも、こんな人たちを育てている神宮でご利益なんかあるのかななんて、少しバチあたりで過激なことを考えてしまいました。私の気持ちがもう少し元気であれば、そんなこと考えなかったのかも知れませんけどね。先月、ぶらりひとり旅で来た時の伊勢の町が、暖かく優しかったですし、伊勢は私の第二の故郷ですから悪く言うつもりはありませんが、できればいつも暖かく優しい町であってほしいと思うわけです。特に初詣の時は・・・ね。
気分は低迷していますが、なにはともあれ、今年もなんとか頑張っていきましょう。
今年の初詣で思ったこと
徒然の思い

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