「嘘八百」の第三作目となります。利休、織部の茶器に続き、今回は秀吉の茶器となります。一作目、二作目の最後には仲良くなって九州に行こうだとか北海道に行こうとか話をしながら終わるのに、新しい作品の初めは二人が避けている仲に戻っているところからはじまります。途中で野田の妻が家出するのもお決まりになっています。野田が悩みながら贋作を超える新しいものを作り上げる過程も同じです。面白味と言えば、小池と野田の掛け合いと、幻の茶器に対する蘊蓄くらいです。今回は、山根姉弟の人生みたいなものを秀吉七品に絡めているものの、感動や説得力はあまり感じませんでした。3作を観て、嘘八百というタイトルは茶器に対する嘘八百というところを超えるところはなく、痛快で人を煙に巻く嘘という期待を超えることはできませんでした。中井貴一の面白さは私は好きなのですが、この映画の笑いのツボは私にはちょっと合わなかったのかも知れません。嘘八百3作は、ちょっと期待の方が上回ってしまう結果でした。

上記はあくまで私の主観です。あとで自分がその時にどう思ったかを忘れないための記録であり、作品の評価ではありません。また、ネタバレの記述もありますのでご注意ください。





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