ヒロシマに原爆が投下されてから66年。66年目の8月6日です。
その日は、原爆投下時のものすごく強い熱線と爆風、投下後長く続く放射能の影響で、想像を絶する悲劇を日本に残しました。
今年は、福島第一原発事故も同じ放射能の被害ということで、世界の原発撤廃を願う声もありました。
人を一度に大量に殺すための核兵器と、人々が豊かになるための核の平和利用を一緒に語らなければいけない状況になってしまったことに、本当に残念な思いがします。
世界には原発もですが、核兵器を平然と保有している国があるわけです。
世界唯一の被爆国である日本の国民が願うことは、「核兵器の撤廃」。
二度と、あの非人道的な火の玉の焦熱地獄を起こさないように。
原発事故による原発撤廃の声で、核兵器撤廃の声が少しでも霞むことがあってはいけません。
原発などの核の平和利用の方が核分裂を制御しなくてはいけないために、高度な技術が必要で、今、その技術に対する信頼性とそれを扱う人間の驕りが問われています。人類がその技術を未来永劫放棄するのか、一度歩みを止めて、核を扱うために必要なものを取り戻すことを目指すのか(容易なことではありませんが)、それは、核兵器撤廃とはまったく違う次元で考えなくてはいけないことでしょう。
ただ、被害という側面から見ると、広島も福島も同じ放射能被害であることに違いないわけで、今年の原爆記念日は、66年前の悲劇を繰り返さないための核兵器撤廃とともに、日本の核利用と核汚染について考える日にしないといけないのでしょうね。
66年目の8月6日
徒然の思い

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